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一期一会

驚愕の八卦 その弐


陰陽が抱き合う太極図は、あらゆるものの旋回や螺旋や反転を表してますが、
太極図の大円は、黄道(地球から見える見かけ上の太陽の軌道)を表し、
S字曲線は陰陽の相反原理を表し、物が極まれば必ず反転する事を意味します。
地球から見える太陽の視軌道である黄道は、天の赤道に対して23度26分傾いており、
これは地球の地軸の傾きで、太極図の陰陽の半円と大円の交叉角度も同じで、
このS字カーブが太陽回帰年(1年365日)の周期的なリズムを表します。
天道の太極図は右半分が白(陽)左半分が黒(陰)であります(色々ありますが....)。
霊界再編の意味は、現在という時空がちょうど陽から陰に交替する節目であり、
陽(白)から陰(黒)に、即ち太陽の時代から月の時代に移行すると言う事です。
あの〃おたまじゃくし〃が抱き合う形の曲線は、単なる図形ではなく、
太陽の周りを公転する地球が、太陽の光を浴びて陰陽の周期(春夏秋冬の四季)を
もたらして、万物を生じさせると言う自然摂理の曲線であります!

河図(かと)は龍馬の背中の繊毛の模様で、円で描かれ1~10迄の数で構成され、
洛書(らくしょ)は神亀の甲羅に描かれた図形で、方で表され1~9迄の数で
構成されてます。数式ではなく●(陰)と○(陽)の〃数と方位のみで〃で
森羅万象の仕組みを図表として表したもので、河図は生についての説明で河図生図
とも呼ばれ、五行相生を基にアルファとオメガを表します。
洛書は死についての説明で洛書死図とも呼ばれ、五行相克を基に3次の魔法陣
(縦横斜めの数列の総和は15)の形を取ってます。
<河図の数列>       
                               7           ピュタゴラスやパスカルの定理も含まれる!
                               2           本来は円形です。    
                             83549        実際は中央の5と四方の1234との間に→               
                               1             10が第2層としてあります!
                               6           検索すればお解りになりますが○と●の配列です。

<洛書の数列>       
                             492         1と6は水→2と7は火→4と9は金→
                             357         3と8は木→(五行相克)
                             816
※五行相生
(木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず)
※五行相克
(水は火に克ち、火は金に克ち、金は木に克ち、木は土に克ち、土は水に克つ)
ちなみに〃図書〃という言葉は河図洛書(かとらくしょ)の略と言われてます......
河図洛書については、数理論的には理解の範疇であっても、その奥に潜む深遠さは
中々頭で理解できるものではございませんですw
宇宙或は生命体を支える根源には根本的な情報が先に在り、それが後天的肉体や
物質のイロハを左右し、全てのものは陰陽という両極の中での往来を繰り返す。
ワケわからん混沌の中にも美しいシンメトリーが潜んでおり、精妙なリズムを刻む。
仁は慈しみを以て社会を構成する能力、義は個々の役割を生かし集団社会を形成する
能力。礼は秩序を重視する能力。智は予見力。信は人間が持つ能力で全てを統御する。
動物はそれぞれ信を除いた四徳の中の一徳しか持っておらず、人間のみが〃信〃を
有するため人間が万物の霊長と言われますが、昨今は恥ずかしくて堂々とは
言えませんがね。

イメージの捕捉として理天神に詳しく説明して頂きましょう。。
言葉は難解に思えるかもしれませんが、感じる事が大事です。
      ↓興味のある方はお読み下さい。。

【河図について】
2と7は前(南)に在り。1と6は後(北)に在り。3と8は左(東)に在り。
4と9は右(西)に在り。5と10は中に在り。その五つの位は五行を象る。
人は天地陰陽五行の気を取りて身を生ず。身中に即ちこの陰陽五行の気を具う。
但し、この五行に先天と後天あり。先天の五行は陽に属し、後天の五行は陰に属す。
1・3・5・7・9は陽五行にして先天なり。2・4・6・8・10は陰五行にして後天なり。

先天を以て論ずれば、1を元精と為し、3を元性と為し、5を元気と為し、
7を元神と為し、9を元情と為す。これ五元なり。五元、既に五徳を具うるは、即ち
此処に於いて、之に寓す。五徳とは仁・義・礼・智・信なり。
五元とは五行の気、五徳とは五行の性、五元五徳は先天に於いて生じ後天に蔵す。
当に人に在りては、胞胎の中に在りて、混沌として一気渾りん、形跡未だ見えざるも、
その理は既に備わることとなり。所謂、未だ生じ出ざる者は図中の5の如く、
5点の一所集まるは太極の象なり。
故人は人に教えて「父母未生以前の面目を窮め取るべし」とは即ちこれなり。
その事は、未だ身、生ずる以前なる故を以て先天と言う。

後天を以て論ずれば、2を識神と為し、4を鬼魄と為し、6を濁精と為し、
8を遊魂と為し、10を妄意と為す。これ五物なり。五物既に備われば、五賊、即ち
此れに於いて、之に寓す。五賊とは喜・怒・哀・楽・欲なり。
但し、後天の五物五賊は、これ五行の化する所と言えども、その中に尚、分別あり。
五物の中に精と神と意は後に起こる。魂と魄は最も先と言えども、魂は更に
魄に先立つなり。魂は歴劫の輪廻の種子なり。
人と成り、鬼となるも、これ他(魂)なり。聖となり、賢となるもこれ他(魂)なり。
善となり、悪となるもこれ他(魂)なり。毛を被い、角を帯するも又、
これ他(魂)なり。身未だ生ぜざる時、他先に来たり。
気未だ絶えざる時に、他先に去る。魂ひとたび入竅せば、後天の木気と先天の元性が
相合し仮体に依りて、真霊を在す。故に、嬰児は地に落ちて(泣き)声無くば成らず。
その遊魂未だ入らざるを以て元性ありと言えども、独存する事能わず。
仮を借りて真を在し、真、又、仮を借りて留まるなり。
魄に至りては血気の霊を借り、金の気を受けて凝結し、生後七七49日にして始めて
全うし、死後七七49日にて始めて滅す。魂の物を為すは遷移して定まらず。
此処を離れて彼に去き、彼を離れて此処に来たり、輪廻して息まず、劫を歴るも
壊れざるなり。魄は即ち身の存在に附いて有り、死亡に附いて無くなるなり。
識神は火の気を受けて生ずると言えども又、これ魂より出ずる所なり。
濁精は水の気を受けて生ずると言えども又、魄の治める所なり。
意の思慮動作するは、精・神・魂・魄の四物を使役する所以なり。

五物五賊は皆これ、身の生まれたる後に有とする所、所謂既に生まれ出ずるものなり。
その事は、身を生じたる以後に在るを以て後天と言う。生の初めに有りて、
後天の五行と先天の五行が二つが合一す。先天に在って、これ静なれば即ち五元と
なし、これ動なれば、即ち五徳と為す。後天に在って喜怒哀楽の未だ発せざる、
これを中と言う。発して皆、節に中る、これを和と言う。中も和もこれ無欲と為す。
無欲なれば即ち精・神・魂・魄・意、各々その位に安んじ、その先天の主宰を聴きて
先天後天の陰陽相交わり、二五の精妙合して凝る。或は先天動きて後天成り、
或は後天動きて先天成る。
真は仮を離れず、仮は真を離れず、真は仮に頼りて全うし、仮は真に頼りて存す。
渾然の一気は損傷無く、具足して河図なるなり。
信は能く仁義礼智を変化するに因りて又、信の名有り。信は外より言うところの信に
非ず。即ち、陰陽合一、真実無妄の信なり。真実とは妙有なり。無妄とは真空なり。
空にして空ならず、空ならずして空。仁義礼智、皆全てその中に在り。
無為の事とは、道を以て全ての事を形すなり。道を以て全ての事を形すとは、即ち、
信を以て仁義礼智を統べる事なり。即ち仁義礼智を以て一信に帰する事なり。
また即ち、仁義礼智を以て一中に帰する事なり。信は心なり。中なり。
全ての一気なり。一気流行し、五元五徳、凝結して散らず、渾然の太極、
染みず漏れず、後天の五物五賊もまた、全て化して陽となす。先天の気、
後天の気の両して合一せば、性を終えて即ち命を終わるを得るべし。
上徳無為の道は河図の理を顕し、終わらす事なり。

【洛書について】
一白は水に属し、二黒は土に属す。三碧四緑は皆、木と為す。
五黄土星は中位に居す。六白七赤の二つは金と為す。八白は陽の土、九紫は火なり。
中宮に飛臨し、数を推して数うべし。
洛書は十を虚として五の陽は中に居す。四つの奇数(1・3・7・9)は正に居し、
四つの偶数(2・4・6・8)は隅に居す。八方に分列するは以て八卦に応ず。
数と位、分かれたると言えども、五行に外ならず。
五行の序は即ち相克あり。五行の尅制は質なり。五臓のかけと旺なるは気なり。
天地は大と言えども、人と一体なり。人身は小と言えども、周天を配すなり。
生尅が既に珠なる故に、これを転ずる順逆もまた、異なるなり。
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by gyou-syun-u | 2005-06-25 12:59 | 天道