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スカイ・ハイ

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一期一会

神風の息吹

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ロンドンの同時爆破テロから1週間。
昨日のニュースでは、パキスタンのイスラム過激派の線が浮かび上がってきた。
犯人とされる一人は学校の非常勤講師で、子供達から愛されていたそうである。
昨年インドに行った時、ヒンドゥー教徒は首を跳ねる時、一刀両断するが、シーク教徒
はノコギリで少しずつ切ると現地の学生から聞いた。シーク派の方が残虐だと言いたい
のでしょう。イスラムの大義の前では小我はどうでも良いのだろう。
世界の主流は未だパイは分かち合うものではなく、奪い合うものである。
東シナ海の日本の排他的経済水域における中国の石油ガス資源の一方的な開発を
見ても大国の価値観は揺るぎそうにもない(海の底では資源はつながってるのだ)。

世界の7割の人が何らかの宗教的信心を持っているにも関わらず、世界の価値観が
変わらないのは、宗教的な信心で世界は動いてないと言う事でしょう。
と言うよりも、同じ志を持つ者が10人中7人いれば動きは変わるが、信心にも更に
分別があり、愛や大義一つ取っても千差万別で、全く以て世界共通の宗教的な指針
が存在してない事が元凶にあると思います。結果、紛れも無く金で世界は動いている。
もっとも世界を動かすレベルでは、宗教に勝るとも劣らない個々の〃信じる心〃が、
世界を動かしてると言う事は疑う余地はありませんが。
アメリカとイギリスはアングロサクソンで、欧米圏は聖地の奪い合いで仁義無き戦いを
繰り返した十字軍のキリストの国であり、アラブの英雄サラディーンの敵である。
共通の教えも在りながら、怨念のDNAは先祖代々受け継がれ、
互いをエクスターミネイトするまでのエンドレスゲームになってます。
思春期に機関銃や手榴弾で遊び、戦闘機の爆音の中で育った子供達に、ノー天気な
国からのメッセージは本当に届くのか!と疑問に思った頃もありますが、それでも
発信し続ける事は止めてはならないのだ!
神風的な自爆テロは、旧日本軍のそれとは違う。少なくとも神風特別攻撃隊は
非戦闘員は標的にはしなかった。
イスラム過激派の自爆テロ志願者の若者達に、神風は影を落としているのだろうか。


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神風特別攻撃隊ビデオ「遺書」より抜粋します。
※決して神風賛美ではありませんので。。

■海軍少尉  享年24歳
洗礼をうけた時、私は死ねと言われましたね。アメリカの弾にあたって
死ぬより前に、汝を救うものの御手によりて殺すのだと言われましたが、
これを私は思い出しております。全てが神様の御手にあるのです。
神様の下にある私達には、この世の生死は問題になりませんね。
もう余り名残を惜しまなくてもよいですね。お母さんには何もかもわかって
いるのですから、あわてません。もう死んでもよいですね。
ここらでお別れ致しましょう。
特攻隊といってもたいしたことはなく、誉れでもなんでも無いですが、
お母さんだけは褒めて下さいね。惜しんで下さい。
市造は一足先に天国に参ります。天国に入れてもらえますかしら。
お母さん祈って下さい。お母さんが来られる処へ行かなくては
たまらないですから。お母さん、さようなら。

■陸軍少尉  享年24歳
人間の一生を長いもののように考えるけども、やはり短いものと想うのが
本当であろう。20歳、30歳で去る人は短命である。しかし、40歳、50歳に
しても短命である。さらに10年、20年生き延びたにしても夢の間である。
人生70古来稀なりと言うが、70必ずしも長命ではない。
結局人生はこの1日の命であり、この刹那の命であるに過ぎない。
秋の静かな一日を我が永久の命として生きる事を知らなければならない。
静かな秋の一日、生きる事のありがたさ尊さを知らなければならない。
貪るということは、金銭や物欲に対してのみ言われるべきである。
老いてなお死をおそれ、生きん事をのみ求むるも貪欲である。
世のため人のため一日でも長く生きる事を心がくべきであるが、さりとて、
只、生きんことをのみ願うものは、あさましい貪欲である。
一日生きても、人の心に永久の命を彫りつけて行くものもある。
かくゆう美しい心の人の存在は、10年20年の命と言えども、必ずしも短命とは
言えない。笠置山に召されてから、湊川に討死するまでの年月はわずか4年数ヶ月に
過ぎない。このわずかな4年数ヶ月の短い間に、正成は世間の名将たちの幾代分の
大きな仕事を成し遂げている。100年生き延びても、人生に対して何の貢献も
致さない人もいる。わずか43年の生涯に幾千年分の仕事を成し遂げた正成こそ
長命の人と言う事ができよう。

■海軍少尉  享年25歳
素子。素子は私の顔を良く見て笑いましたよ。私の腕の中で眠りもしましたし、
またお風呂に入った事もありました。素子が大きくなって、私の事を知りたい時は、
お前のお母さん、佳代叔母様に私の事をよくお聞きなさい。
私の写真帳もお前のために、家に残してあります。
素子と言う名前は私がつけたのです。素直な、心の優しい、思いやりの深い人に
なるようにと思って、お父様が考えたのです。
私はお前が大きくなって、立派な花嫁さんになって幸せになったのを見届けたい
のですが、若しお前が私を見知らぬまま、死んでしまっても決して悲しんでは
なりません。お前が大きくなって父に会いたい時は九段にいらっしゃい。
そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。
父はお前を幸せ者と思います。生まれながらにして父に生き写しだし、他の人々も
素子ちゃんを見ると真久さんに会ってるような気がすると良く申されていた。
またお前の伯父様、叔母様はお前を唯一の希望にして、お前を可愛がって下さるし、
お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて、只々、素子の幸せのみ念じて生き抜いて
下さるのです。必ず私に萬一の事があっても親なし児などと思ってはなりません。
父は常に素子の身辺を護っております。
優しく人に可愛がられる人になって下さい。お前が大きくなって、私の事を考え
始めた時に、この便りを読んでもらいなさい。
昭和19年○月吉日                 父

追伸
素子が生まれた時、おもちゃにしてた人形は、お父さんがもらい
自分の飛行機にお守りにしております。だから素子はお父さんと一緒に居たわけです。
素子が知らずにいると困りますから教えてあげます。
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by gyou-syun-u | 2005-07-15 02:02 | 世界情勢