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スカイ・ハイ

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一期一会

豚のピーちゃん・・ビートたけしの番組の「命の授業」を見て一言


15年前、ある小学校の先生が、命の大切さを子供達に考えてもらう為、
ひとクラス36人で子豚を一匹育て、最後に自分たちでそれを食べようという
1年間にわたる授業を行った。
しかし、卒業間近になって、さすがに、子供達にも情が芽生えたのであるが、
下級生に引継ぐか、それとも食肉センターに送るかの二者択一をを迫られた。
先生は子供達にその判断を任せたが、18対18で結論が出ず、最後は先生に
決断を任せるというものだった。
先生の当初の主旨は、スーパーでパック詰めになってる豚肉しか見た事無い
子供達に、それ迄の過程を学んで貰おうというものであった。
しかし、まるでペットのように世話を続ける内に、「こんなに一生懸命可愛がった
豚のピーちゃんを食べる事なんてできない!」とか、「そういう約束で始めたのだ
から最後迄責任を持つべきだ!」とか、子供ながらに自分の考えをぶつけた。
最後、ピーちゃんの豚小屋の前で子供達に向かって、先生が涙を浮かべて話した。
「先生は食肉センターに送ろうと思います......皆よく考えたな!もうこれ以上
考えなくてもええからな.....」子供の親や教師を巻き込んだ1年間の授業であった。

ここでの論点は、生命は尊く生き物はむやみやたらと殺してはいけない!と言う
倫理観と共に、私達は現実の社会生活を営む上で、色んな矛盾点が生じますが、
その時に、条件反射的な思考だけではなくて、正面からその矛盾を問うてみる、
考えてみる事の大切さを、教師と生徒が同じ目線で学び合う事の意義である。
アメリカでは牛や豚などの家畜は、人間に喰われる為に生まれるモノであり、
生命とはほど遠い捉え方である。この延長線上には、弱者は強者に飲み込まれる
為に生まれる存在であるという暗黙の了解が見え隠れします。
かく言う私達も、ペットとして扱う時には愛着があるが、牛豚鶏魚を喰う時に
慈悲は抱かない。コマ切れになった肉片に愛情を注げと言われても無理な話である。
喰わない事が一番であるが、ベジタリアンは別としても、どんなに優しい人も
食欲には敵わないのだ。

食物連鎖は大自然の創り出した生態系の相互補填システムであるが、そこには、
特定の生物を潤す為だけのシステムは存在せず、強者も弱者も横一線である。
しかし、人間が創り出した文明は、人間と言う特定の生物を潤す為、人為的に
作り上げたものであるから、本来の生態系とは趣を異にする。
いみじくも万物の霊長と言われる人間様であるならば、一切生物を殺さない
社会を構築すべきだろう。殺されたモノの念は殺すモノの念より遥かに強力で
供養が間に合わない程、地球上を覆い尽くしており、ツケはあらゆる場面において
払わされるでしょう。私は輪廻転生を固く信じる立場でありますが、自己責任は
当然の事として、地球市民の連帯責任である事を認識する必要があると思います。
命の授業をやるぞ!そんな先生が増える事を心から期待したいと思います。
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by gyou-syun-u | 2005-11-14 21:20 | 国内情勢・世相 | Trackback | Comments(0)
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