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スカイ・ハイ

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一期一会

人間十色、ヒーローも十色


封神演義を更新するのは実に2年ぶりであります。
不安定で先が見えないこの星の行く末を案ずるも、時にはハチャメチャな小説で氣を
癒すのも悪くは無い。この小説は忘れた頃に読み返すとおどろおどろしい世界ながらも
心が豊かになります。道教の世界観が根底に流れてますが、特に死生観について考え
させられます。死んだら終わり....誰もがそう思いますが、死んでからも世界があるという
のはある種の楽しみでもあります。魂が不滅であるならば、それに通ずる世界もある。
昔も今もお上に対する庶民の想いは同じでユーモアを込めて揶揄する。殺伐さが増した
今の世の中だからこそ、逆におおらかに生きた方が健康によろしいんではなかろうか。
お上を批判するのは簡単である。バカでもできる。ただ批判する相手以上に努力している
かどうかが問題で、意気込みでも何でもいいが、少なくとも己自身の練磨は必要不可欠で
ある。この小説の前半で紂王の家臣が次々と残酷な刑罰を受けて殺されますが、女狐に
魂を奪われ〃聖〃を吸い取られた紂王に対して最後「このバカ紂王!」と叫んで誇りを持った
まま死ぬあたりは痛快であります。しかも、死後仙人の道術で化け物となって
復活しても、心は人間の時と変わらずという所が面白い。

北斗の拳や魁男塾、高校鉄拳タフなどは突っ込みどころ満載ですが、ヒーロー達は殆ど
武器は使わず拳法で相手を制します。ただ、神の拳だけあってとても人間業では無い。
ラオウやケンシロウの北斗剛掌波や無想転生、魁男塾の特号生である大豪院煌鬼の
極超奥義「冥王炸裂波」などは、いずれも人間の氣力の限界を象徴した技です。
仰々しい名前ですが、男のロマンを感じますね。
北斗の拳は感動する場面もありますが、宗教観が不足してるため五感の躍動が限界です。
魁男塾は痛快それだけであり、感動はない!高校鉄拳タフは現在進行形の格闘技界と
連動してるためストーリーを冷静に読める。
ドラゴンボールは〃邪氣〃が無いところが評価する処です。
それに対して封神演義は漫画ではないので、活字を通してイメージするから妄想を含めた
思考の広がりがある種無限である。故に揺らぐ分だけまた読みたくなるのだ。
道術や人間兵器がこれでもかと登場し、ハリウッドが映画化しないかなと思いますが、
根本に流れる世界感はとても欧米には受け入れられないでしょう。
神々の領域にも縄張り争いが有るという事をこの小説は明確にしていますが、
八百万の神々、人間は創造神にはなれないが人格神にはなれるのだ。
輪廻転生があるからこそ、この世は一期一会であり、魂は移動を繰り返す。
その中で魂はある世界では上昇し、ある世界では下降する。
ある者にとってはこの世は楽であり、ある者にとってはこの世は苦である。
64億の糸が絡みあって干渉しあい因縁を織り成して行く。
一寸先は闇であるが、地獄にも仏はいる。
この世が全て幻想であるなら、地球温暖化も北朝鮮問題もどうでも良い話である。
しかしそれは神の眼から捉えれば幻というだけで、神の眼を持たない人間からすれば、
夢幻ではないのだ。しっかり反応するように器官は作られている。故に坊さんや宗教家は
糞の役にも立たないというわけであります。聖凡の二極化も進行中!
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by gyou-syun-u | 2007-02-28 22:04 | 封神演義