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スカイ・ハイ

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一期一会

天道つれずれ草


紗々さん、初めまして、堯舜禹(ハーロック)です。
コメントありがとうございます。
コメントを送信しようと思ったら字数が多くなっちゃって減らすのも
メンドイのでここに返信を載せます。

私は周前人と宮下周平天才の時代の化石です(笑)。
初めて御聖訓を目にした時の衝撃は今でも忘れません。心の奥深く
染み入りました。若い頃はどんな難解な御聖訓も一瞬で神意を
汲み取り、オレは救世主かもと自惚れた時もありました。そんな自惚れも
理天神に木っ端微塵に叩き潰されました。あれから数奇な人生が始まり.....
私も会社員で、土日祭も出勤する事が多く、護摩にも行けません。
今日も仕事でした。私は個人的に神様にお願いするとかそういう習慣が
無かった為、護摩木やその他の道具を使用しても全く効きません。
何故なんだろうと考えたのですが、自分の利益を望まないのと同じ位他人
の利益も顧みないという性格の為ではないかと思ったりもしました。
と言うワケで現在はエルサルバドルの子供の里親みたいな事をやってます。
天道のおかげで結婚できない精神構造になってしまいました(笑)。
私は一時期天道を離れていました。現在も弥勒寺とは距離を置いてます
(ネット配信は受けてますが)。
護摩に参加したり、道具使ったりするだけが天道ではないと思います。
例えば会社であれば人のイヤがる事を率先してやるとか(私は常に仕事上
ではそうしてます)謙虚な姿勢に徹するとか、そのような積み重ねが
後々効果を発揮するのではないでしょうか。
その人の環境に合った修練の方法がある筈です。
2年ほど前、村田さんの紹介でインドのサクセナさんに会って、
インドの支部の若者達と交流しましたが、あの目の輝きは忘れません。
弥勒寺で菜食できる人達は幸せですが、もし野菜がなくなったら他を
喰うしか無い。その様に感じます。ネット上に私のようなアウトロー的
隠れ天道人の居場所を作るのも面白いですね
私のブログも本来は伝道の一手段のつもりだったのですが、今の時代、
精神世界や宗教だけで世界を語ろうといっても無理があります。故に
ブログにカテゴリーを作りました。自分に合った天道との関わり合い、
例え弥勒寺とどんなに離れていようが想いが一つであればそれで
良いと思います。

「誰に何を言われようとも自分の信じる道を行けば良い」
......聖訓のお言葉です。天道を客観的に見る時間を作られては
如何でしょうか。3648は頭から外した方が良いでしょう。
迷った時は足を止めましょう。ウサギよりカメでっす1!
時運が迫り時間がない今だからこそ、逆に一瞬立ち止まる勇気も
必要かも。
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by gyou-syun-u | 2007-03-18 22:30 | 天道