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一期一会

殺戮と絶望の大地の先に


コソボ自治州、独立宣言へ EU一部加盟国は反対か

コソボ問題で思い出すのは、ユーゴ空爆でNATO軍がユーゴスラビアの中国大使館を
〃誤爆〃した事と、当時のF117ステルス爆撃機が地対空ミサイルで撃墜された事で
あります。1999年5月7日、中国大使館を破壊した3発のミサイルはそれぞれ別方向から
命中しており、中国の全国紙光明日報の記者夫婦と国営新華社通信の女性記者が犠牲と
なった。中国側は「NATO軍の本来の目標からは1キロ以上離れておりNATO軍の精密誘導
爆弾のレベルからして、あれは〃正確な誤爆〃である!」とアメリカを強く非難した。
しかし、当時の力関係は今の比ではなく、アメリカは「間違って数年前の地図を使用した」
など信じられない理由を述べ誤爆を強調した。勿論真相が明らかにされる事はない。
落合信彦氏は1993年、バルカン半島の取材を元に「殺戮と絶望の大地」を刊行しました
が、当時は対岸の火事が如何に多いか考えさせられたものです。
根底にあるのは民族主義の対立ですが、例えば韓国人が日本人の罪を述べる時、その
怨念は日帝はおろか豊臣秀吉の朝鮮征伐まで遡りますが、セルビア人のアルバニア人に
対する怨念はそれ以上だと言われます。オスマン・トルコに征服されるまでは、コソボを中心
に大セルビア王国として栄えていたが、400年の支配の中でトルコの圧政を嫌うキリスト教徒
であるセルビア人の多くがキリスト教圏に移住し、それに伴いトルコはアルバニア人を移住
させた。と言う訳で現在のコソボ人口の90パーセントはアルバニア人なのでありますが、
セルビア人にとってはコソボはセルビアの聖地でもあるのだ。

セルビア領でありながら違う民族が聖地コソボで独立しよとするのは面白くない。
1990年アルバニア人が独立を宣言したが、2ヶ月後セルビア政府が法改正でこれを
潰した。それ以降、至る所で残虐非道な行為が繰り返される様になった。
当時欧米のメディアはセルビア人を悪の枢軸と報道した。虐殺や拷問やレイプなどの
全てがセルビア人の蛮行だと非難されました(真実は異なるかもしれませんが)。
その後、アルバニア人によるセルビア人への報復があり、殺戮と絶望の大地へと化していき、
NATO軍空爆へと繋がっていった。そして米軍は対戦車用に「劣化ウラン弾」を使用した。
1999年のコソボ紛争以降は、コソボの行政は国連が暫定的に統治しており、
アメリカは独立に賛成、セルビア人と同じスラブ民族のロシアや、少数民族を抱える国は
反対してますね。しかし、同じ地球に住みながらこうも環境が違うと、仕事なんか
どうでもいいんじゃないか?とさえ思ってしまいます。
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by gyou-syun-u | 2008-02-17 21:35 | 世界情勢