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スカイ・ハイ

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一期一会

美しい銃

クリントン氏、子ども時代の話で自衛権支持者にアピール

今月5日に亡くなったチャールトン・ヘストンは、元全米ライフル協会の会長であり、
銃規制の度にロビー活動を行い〃銃で自分を護る権利〃を主張してきた。
移民の国アメリカでは、タフでなければ開拓の時代を生き抜く事はできなかったのだろう。
日本でも集団的自衛権の問題がありますが、例えば学校の自分のクラスの誰かが、よその
クラスの者に虐められたら、同じクラスの友人なりが援護をすると言う事が狭義の集団的
自衛権ですが、クラスが国家になり、生徒が自衛の為の武器を持つ軍隊となる。
ヒラリーもオバマも銃規制推進論者だと言われますが。普通のアメリカ人と同じで、憲法で
定められる自衛権は支持する。完全な銃規制に賛成するアメリカ人は多くはいない。
この感覚はやはり日本人には理解出来ない領域であり、腰に刀を差していた日本人が
刀の代わりに追い求めたものがアメリカには無いんだと言う錯覚に陥る。

アメリカの銃社会を批判的に見る私も、攻撃されたら正当防衛を理由に反撃するタイプです
が、凶器や銃を持とうとは思わない。しかし国家対国家の場合は軍事力を全く持たない国家
は成立し難い。火薬と銃器の大量生産は、弓矢から鉛の玉へと移行し、直線的から複合的な
兵器へと進化し続けています。民生の技術は軍事に使われる事が隠れた栄誉でもある。
優れた技術は国家を護る楯にもなり得るのだ。
ヒラリーは狩猟は文化であると言うが、それならば日本の捕鯨も文化だろう。
以前、狩猟民族の方が農耕民族より争いが少なく平和を求めるというコメントを頂きました。
狩猟民族は獲物を為留めたら余計な獲物は捜さない。それに比べて農耕民族は作物の分配
や集団同士の縄張り争いが絶えないというものですが、それは視点の違いでしょう。
個人の自由と自己責任の元に単独行動を優先するか、集団としての規律を優先するかの
違いでもあると思う。これだけの人間が乗っかってる地球の中で、脱国家が叫ばれる反面、
同じくらい民族のアイデンティティーも叫ばれています。銃は必要だと考える人と必要では
無いと考える人を、何時迄も同じ船に乗せておくことは無理だろう。
刀に魂を吹き込むように、銃にも同じ事ができるのだろうか。

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by gyou-syun-u | 2008-04-13 22:10 | 世界情勢