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スカイ・ハイ

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一期一会

カテゴリ:天道( 35 )


【先天無極理図】
 「理に至れば園に満ちて太極の先なり。終わりに徹し、始めに徹し、中辺に徹す。
  大は天地を包み、形外無し。無極と無形なり。無名なり。無量無辺、虚に至り、霊に至り、
  極めて静にして不動の理天なり。此の理、神妙と雖も渾然を以てし、実に条理の分は明らか
  なり。至無は能(よ)く至有を生じ、至虚はよく至実を御し、宇宙万有の本源となす。
  これを視れども、形無くして能く形を形(あらわ)す。」(天道の御聖訓より)

宇宙の根源である「天外天」を表現した文章であるが、一つの単純な丸い円(園)の四方に仁義
禮智と書かれた図の説明でありながら極めて難解である。道脈図解で最初に登場する図であるが、
文学的、哲学的に受け入れても科学的に検証する事は困難である。
同じ丸い円でも2次元の円と3次元の球体、そして脳内の円とではそれぞれ思い描くイメージも違う
が、始点と終点が含まれαとωであり、循環や輪廻は共通し、中心がズレなければ限りない真円に
なる。人が生まれる時は胎内でその時を待つが、宇宙が誕生する時はどこで待つのだろうか....

【太極気天図 (似たものに太極円図がある)】
 「一気をみち倫(おさ)むは真の姿なり。機に随い、感に赴き方々に現る。
  卦爻は是れ象なり。象は終(つい)に損(ほろ)ぶ。
  萬類に周流して之れ微(かくれ)たり、顕たりす。
  体は先天に具わり、後天に用(はたら)く。太極とは陰陽の気、昇降の理、流行の気天なり。
  白は陽儀なり。黒は陰儀なり。黒白の二儀は乃ち、陰陽の極限なり。
  それ陰極まれば陽を生じ、白を以て漸(ぜん)にして長ぜば、黒は以て漸にして消ゆる。
  元亨は以て之れに応ず、春夏是れなり。陽の極に陰を生じ、黒は以て漸にして長ぜば、白は
  以て漸にして消ゆる。利貞、以て之れを転ず。秋冬是れなり。」(天道の御聖訓より)

元(発芽)亨(成長)利(開花)貞(結実)という先天的情報が四方に配置され、黒と白を表す
勾玉の陰と陽が中心に向かう図であるが、一般的な太極図とも違い、陰陽のエネルギーのベクトル、
ポテンシャルとエントロピーの関係を単純に表したものだと考えられるが、面白い事に後日述べる
予定の「河図生図」の陰陽の数値とダブらせると、我々が住む太陽系のモデルとなるのである。
無は有を生み有は滅して無に還ると言うが、最新の宇宙論では、宇宙は無から生じたというビッグ
バン仮説が仮説でなくなりつつある。この無から瞬間的に莫大な力が働きインフレーション(膨張)
を起こし、それによりビッグバン(火の玉)宇宙を形成したというインフレーション理論である。
この無の中にどれほどのエネルギーが充満していたのだろうか。
インフレーションが何によって起こされるのかはまだ解明されていないが、膨張させる斥力
(反発力)を生み出す「インフラトン」という場が考えられている。
インフラトンの正体は不明であるが場は必要不可欠だ。
宇宙の収縮には引力が必要だが、膨張させるには斥力というエネルギーが必要なのだ。
インフレーション理論は「真空の相転移」が核になるが、相転移とは同じ物質がある要因によって
その相が変わるという意味で、水の場合は温度によって氷→水→水蒸気と変わる事を言う。
真空は何もない空間ではなく、何らかのエネルギーが存在し、このエネルギーが何らかの力で相転移
して、それがビッグバン宇宙を誘発したという話です。
我々が知覚できる物質は宇宙の僅か4%に過ぎず、22%が人類が直接観測できないダークマター
(暗黒物質)であり、残りの74%がダークエネルギー(暗黒エネルギー)というシミュレーション値
が出ている。知覚できないダークマター(暗黒物質)も引力は発するので、他の銀河が影響を受けて
いる事を観測する事によってダークマターの存在を推測する。
現在も加速膨張を続ける宇宙の根源力がダークエネルギーだと仮想する事によって、
ダークマターだけでは説明できなかった宇宙全体のエネルギーの密度を説明できる事になったが、
今後宇宙の加速膨張が極に達して、その後収縮していくかどうかを説明できるものではない。 
天道によれば天外天(宇宙の外)に位置する理天(りてん)は宇宙万有の本源だという。
当然インフレーション宇宙が誕生する以前から存在する世界である。 
この理論上のインフラトンの場がビッグバン以前の姿、乃ち本源から発せられる意の力の
場であると想像できるが、このカテゴリーは今後随時修正・加筆致します .........  
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by gyou-syun-u | 2011-01-25 21:37 | 天道

庚寅歳秋季大典御聖訓 平成22年10月22日(金)

「象の世は一つ。如何に思想が異なれども、国と国で地を隔てるとも、霊が修練
 するべき象の世界は、是の地球を於いて他に無し。霊の世界、此れ大小様々に
 分かれたり。然れど本来は一つであり、又、是れより一つへと向かうなり。
 収圓、是れは一切を一へと帰さしむる事にして、老ムが降したる救いの道の、
 謂わば一つの締め括りであるなり。
 今、末世の勢いは力を強め、各所にありて災いが生じたり。世は疑う余地無く
 終末へと進み、悪業の清算と共に、其の終焉を迎える事となり行かん。
 児等は今、必死になりて此の末劫を食い止めんとするなり。神界、人界、霊界の
 別無く、道に縁ありし児等は、悪業の噴出を抑え、災いの拡大を防ぎ、末難に
 押し流される運命の霊を救い続けたり。そして今、當に起こりたる収圓の流れ、
 此の天運を確りと捕らえ、千々に分かれし霊界の因縁を解消し、其の一なる
 救いへの流れに乗せたり。末難の渦は至る處に発生して日々大きくなれり。
 又、収圓の渦も中土の各地に生じては、是れ末劫より逃れる方舟の如くなりたり。
 救いの中心、聖地定まりて、収圓の引力も今より益々加速するを見ん。
 時運は急迫し、救いの道は更に世に求められる處とならん。
 始まりあれば終わりあり。世に始まりがあるなれば、必ずや其の終わりは訪れん。
 創造維持を経て、未来に来たるものは破壊なり。然れど、其れは又、新たなる
 始まりを意味するものなり。吾、曾て並行世界について述べたり。
 其の続きを語らん。」

<コメント>
天道を救済事業とすれば、私はその一員として完全に失格であろう。
自由主義者であるからだ。心の底から救われたいと思う人は得道を受ければ良いが、
そうでない人に迄、ある意味強制的に道を授ける事に疑問を感じるからである。
一社会人として僅かながらの正義感を携え、強きをくじき弱きを助ける人道以上の、
愛など持ち合わせていない私にとって、他人の人生まで軽々と深入りする事に躊躇する。
心を伝えた暁にその人の魂を揺さぶる事ができれば、それはそれで本望だが、
それが得道と繋がらなくても個人的には関係ない。最終的に天道と出逢う出逢わないは
その人の問題である。

「並行世界は、一である筈の世が分岐して生ずる世界なり。可能性として有するも、
 実際に斯くの如き世を生じ、別の宿命を持ちて、世界が分岐する事は天律には
 あり得ず。然れど、老ムは僅かなる可能性を、九六の挽救の世治めに用いたなり。
 宿命を脱す事、能うや否や。関門を突破する事、能うや否や。幾つかの場合に
 ありて、人は壁を乗り越えて来たり。老ムは其の度に、並行世界の分岐路を用意
 したり。何ずれの世界が老ムの教えを守りて、九六の霊の帰還を果たすか、
 並行世界は全く別の世界にして、同時にそなた達と全く同じ分霊なり。
 今、多くの並行世界は既に滅びたり。神に近付くを誤りて、驕り高ぶり、或いは
 物質文明を極めて自滅す。末劫は既に凡ゆる並行世界を呑み込みたり。そして、
 最後の一つとなるであろう是の一つの世あり。末難の収束、収圓の収一は、最も
 愚鈍に見られ、最も立ち遅れし是の世界を選びたり。並行世界の悪業も伴いて、
 末難の渦は、軈て押し寄せる運命にあり。
 老ムは今、もう一つの分岐路をそなた達に与えんとす。見ようと欲さば、見える
 やも知れず。得んとせば得られるやも知れず。其れは未だ始まりたるばかりなり。
 そして既にそなた達は、着手して居るものなり。今は並行世界、然れど其れが
 本流になる時も遠くなし。そなた達は今、世に於いて成さねばならぬ大いなる仕事
 を知りたり。分岐路にありて、自ら今果たすべき使命を何ずれのものと為すや。
 そなた達の守り来たる是の一つの世の収圓と、それと共に新たに始まる世の流れあり。
 ラウムの想いと願い受け止めて、百折不撓(ひゃくせつふとう)、良く前進したり。
 空々漠々たる未来は既に明るし。児等よ、是の世界を同胞を救っておくれ。
 又、児等よ、大いなる希望の世界、夢の国を築いておくれ。切々たる願いと共に
 老ムの希望を託したり。児等に甚深なる期待を寄せ、本日機筆を置く。
 諸佛子を率いて天外虚空に返る。咳 退」

<コメント>
ラウムの平行世界の話は2回目であるが、もっと科学者に問いかけるレベルの話を
聞きたかった。こういう話は判断材料が乏しいだけに、道親は聞き流す事しかできない。
並行世界は天律ではあり得ないが、天律ではない処でそれは存在して、既にそれらの
並行世界は末難に呑み込まれているとラウムは言う。
末難や霊界再編で有気(宇宙人)の逃げる次元(場所)も無くなると言われてしばらく
経つが、ラウムはこの聖訓の中でも『並行世界の悪業も伴い」と述べている。
平行世界の悪業とは、天道によると神の如く第2の天律を作り、神の如く振る舞い高度な
科学文明を築いた有気の世界を指しているが、太陽系で一番遅れてる地球にしか居場所が
なければ、地球に現れて神の如く威厳を示すか、地球を支配してしまうかどちらかである。
ここが天道とイルミナティの接点であり、個人的には最大の関心事であり、
DNA操作初め科学至上主義に人類は引っ張られつつあります。
そしてラウムは天律としてあり得ない並行世界を分岐点のひとつとして残すと.......
末劫後の分霊があっちの世界で白陽を作るという意味だろうが、いずれにしろ延命措置を
経て、やはり末刧は避けられない運命だと明言してますね。
宇宙物理学の超弦や最新M理論(未完成)でも並行世界を実証する事はできないでいます。
人間の意識が物質に影響を及ぼす事や気の力は数式では表せない。万物から神を差し引いて、
数式で表そうとする万物の統一理論は行き詰まっているワケですが、気天という風船の中に
地獄と言う風船があり、地獄という風船の中に象天という風船がある多次元構造の風船という
宇宙が膨張加速を続けていずれその風船は極点まで膨らみ、その後収縮してその時に時間と
空間は分離するとも述べられた。しかし、これは原霊回収、象天回収、気天回収の話であり、
平行世界の消滅や弥勒寺のネット配信を見ると、現在の未の会から残りの会を飛び越えて
一気に次大元の寅の会にジャンプするワケであるが、天道道義には「現在は末刧前の普度
ですから、時期的、人的にも救われる限度があります。末刧後は白陽泰平の世の中ですから、
全地域に無制限に天道の普伝が行われます」と記されています。
あっちの世界の白陽とこっちの世界の白陽と二つある訳です。
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by gyou-syun-u | 2010-10-26 21:13 | 天道

聖龍華院(台湾)特別御聖訓  平成19年12月8日(土)

萬霊よ 苦海に流され三途に迷い亡天に遊ぶ
其の帰すべき道 明らかなりや
萬霊よ 収圓の礎は確固たり 
是の救いの光明 明らかなりや
萬霊よ 汝等の帰する道 是處に輝けり
収圓の祭典に集い来たるべし       吾本
彌勒古佛
ム命を奉戴し、天通収圓壇へと臨む。
皇ムに参謁し、孫徒等と親しく會す。吾茲に金筆を握りて、白陽龍華中土祭典の
挙行を祝し、沙上に一訓綴らん。          哈哈 止

苦難の時を耐え忍びて良くぞ是の祭典龍華の地へと参られたり。辛く悲しき運命を
乗り超えて、良くぞ元なる地へと戻られたり。
迎霊祭。當に萬霊を迎える祭典にして、一切の差別無く、優越無く、全てを平等に
迎え入れるなり。其處には未だ救われざる霊多く、未だ報われざる苦しみに満ちた
霊も又多し。然れど全ての霊、集わんとする者達は、最早一寸の迷いも要らず。
真に帰するべき道を得るなり。地府の深くにて重き事、限り無き罪業に苛まれし霊で
あるとも、自らの運命を転換させる大好機に巡り遭う。争いの繰り返しの中で互いに
恨み合い、来たる其の悪因縁の関係にあるとも、其れ等一切の因縁を超越したる處に
白陽龍華中土祭典あるを知るべし。
三界にありし上層より下層に至る迄、全ての霊が和し集う事が能う祭典、其れが
是の許されし両日であるなり。或る者は思うやも知れず。果たして最上層に位置
せし霊が最下層の霊と和合する事が能うものかと。又或る者は考えるやも知れず。
昨日殺められし其の敵と和合する事が能うものかと。なれば是の祭典は実に難しき
ものとならんや。否、是れ當に道の理であり、自然と申すに値す。凡ゆる因縁を
超越して、三界萬霊が集結する事、是れは元へと帰する流れであり、又是處に
集いて共に触れ合う者達は、須く輝ける原霊同士に他ならぬ故であるなり。
白陽龍華中土祭典に招集されれば、悉く自らの殻を脱ぎ捨て、蟠りを去りて、
萬霊と平等に和する事能う。則ち是れ、凡ゆる魂魄の汚れ、因業の重き鎧を脱ぎて、
龍華の境に会う事であり、共に原霊の美しき霊性に立ち返りて集う事であるなり。
後は自らの想いを浄め、共に許し合い認め合いて、真なる収圓の歩を進め行くべし。

是の祭典に集う事が初めてなる霊も多し。又既に何度も足を運び又、是の地に留まり
て修練を積みし霊の姿もあり。白陽龍華中土祭典は、萬霊の教導、感化の場なり。
共同の意識と絆を深める場であるなり。指導的立場の者は、集いし萬霊に如何なる
志を植え付け、そして如何なる方向性を以て教導、感化を為し行くべきなりや。
是の両日を以て得られる果は実に大きいものなり。是の機にありて大道の何たる
か、夫れ夫れの使命の如何なるかを深く自覚して、其の範を示し行くべし。集い
来たりし莫大なる霊に最大の収穫、そして救霊、教導を施す事能う様、原霊の意識と
共に、大道行道の中に目覚めし大いなる信念を以て、性命双修の佛子となりて
三界萬霊を照らすべし。今、救霊の土台は整いたり。其の道を牽引し、参集する霊を
導く救世主の器、更に磨かれるべし。
白陽龍華中土祭典、其の流れは自ずと是の両日に止まるに無く、是の祭典を為し
て来た者達の力に由りて、三界の法地にて広がりて行くであろう。時の流れは厳
しくも恐るる事は無し。共に意を一つにし、収圓の歩を着実に刻むべし。以上とす。
吾祭典の成果を楽しみとし、是處に筆を放ちて見守らん。 哈哈 退

※理事長は現在86歳だそうですが、いかに最近の老人が元気だと言っても、
天道のスケジュールは堪えるだろうし、普通の老人の環境じゃあ無い。
天道は平成24年25年を一つの節目としてますが、2012年に理事長は91歳になる。
伝道の形体は変動するとしても、ここ数年で人盤が入れ替わるかどうかは断定できない。
しかし弥勒大仏建立で、末劫情報は前面には出なくなるだろう。
人盤の指示に従うか否か、2つにひとつだ。
ある意味究極の選択で、結論出すのは早い方が良い。

【御聖訓終了後の理事長法話】
「弥勒様のお言葉の中に『時の流れは厳しくも』というくだりがありますが、
見渡す限り人家がなくなることを言われています。私たちは荒地を開拓するどこ
ろか、すべてのものが消えていく中で、少しでも残していかなければならないの
です。また、必ずできます。こうして今日まで道を支えてきてくれた皆さんの名は、
幾久しく天の神仏のノートに記されています。世直しの戦士となり、救世主となり、
世を救っていきます。いつまでも皆さんと共に未来を分かち合い、素晴らしい未来を
築いていきたいのです。今最後の詰めです。あと少しで平成20年、私たちの手で
一族を救いましょう。」
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by gyou-syun-u | 2007-12-10 21:33 | 天道



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 もの凄い強風の中、5月13日(日)千葉県富津市の東京湾観音で八大明王護摩供が
 強行されました。雨こそ降りませんが、護摩壇の柵が動く程の風でした。
 戦没者を供養する東京湾観音の息吹かもしれません。
 全てが終わり後片付けを終わって見上げた観音様に偶像ながら癒された気分でした。
 この天候は遠方から来られた方には残念でしたね。祭り事ではなく、
 何かを感じたい人にとっては、色んな側面を感じた事でしょう。
 霊能者から見れば、エクソシストVS悪魔との闘いであったかも知れない。
 観光客の人達にとっては最悪の護摩焚きと映ったかも知れない。
 何をもって成功と判断するのか、それが解り易く伝えられてこそ説得力がある。
 信者の為の護摩として見るならば、砂埃で目は痛くなるし髪の毛は埃だらけになり、
 到底祭りとは言えないものであった。しかし行者から見ればそれなりに体感するもの
 があった筈である。只、本当に護摩でなければならないのか?
 皆の気を結集する為なら、他の方法があるかもしれない。
 中国の獅子舞、千葉県木更津の飛翔しぶき太鼓の若者達は天候等ものともせず!
 人を集めるだけなら交通の便が良い所を選ぶべきである。
 別派分派及び隠れ天道人が集合すれば東京ドームなどすぐ満杯になりそうな故に、
 観光客含め300~400人は少し寂しいものがあった。しかし天道に対する確信は逆に
 強くなる。そこが天道最大の謎である。ダークマターも謎であるが.............



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by gyou-syun-u | 2007-05-16 22:56 | 天道

人を批判したり見下す事はとても簡単でありますが(正しい批評はそれなりの
エネルギーが必要ですが)、人を許したり違う価値観を受け入れる事はとても
難しい。イエス・キリストは自分を憎む人間さえも愛し、他人の過ちさえも神に
許しを乞うた。冷静に考えるとこれは普通なら絶対にできない事であります。
「人を殺してはいけない」と言う宗教の教えと「人を殺さなければならない場合
もある」と言う現実論は、国家の成立と社会的背景の中で矛盾を孕みながらも
両立していく。
カミュのシシュポスに例えられるように、人間は神から与えられた誇りを保ち
ながらもやはり同じ歴史的過ちを繰り返す生物であり、試行錯誤しながら前に
進んで行く。五感が受けるデジタル信号は、心(魂魄)と言うフィルターを
通過するとシンフォニーを奏で、喜怒哀楽欲のドラマを産み出してしまう。
陰陽(デジタル)は心の八卦の中を縦横無尽に走り回り、64卦の心相を醸し出す。
あらゆる価値観を受け入れると言うのは容易ではなく、個々のフィルターに大きく
左右され判断基準も異なるが、受け入れる器だけはこれから必要不可欠であります。
極端に言うと〃殺人〃という行為はは受け入れられないが、その原因と土壌の許と
なる根本的な要因は吟味されるべきであるという処迄は、民主国家であれば司法制度
と言う形で、宗教的或は霊的には供養という形で受け入れる事はできる。
生物が自分の生活圏を脅かす相手を除去しようとするのは生理現象である。
罪を憎んで人を憎まずは、遠きにありては可能でも、当事者であれば少なからず
遺恨を残してしまう。憎しみの大地である中東においては尚更である。
決死の覚悟でイラクの戦地に赴き護摩を焚きましょうか。

天道が世に出る為には、宗教的側面のみならず科学的側面もアピールする必要が
ある。天道理論の一部分を形成する易の論理はコンピュータ理論に相通じ、守玄の
全体像は医学や食養の糧となり、理天の世界は、宇宙論の未知なる領域に光を見い
だすものであり、理天神という天道独自の神々は天界のヒエラルキーを考える時、
非常に興味深い存在であります。三宝は宇宙物理学の対象となり得るものであり、
天壇の設計図は将来的な宇宙船の青写真と成り得るものであります。
そして霊能者が受けるインパクトは神社仏閣のそれとは一線を画するものである
らしい。更には有気気天はチャネラーの琴線に響くものであります。
宗教組織としての天道ではなく〃道〃はあらゆる場に在るもので、それこそ
素粒子一個一個に備わっており、その相補性が形を変えると愛になり全てを包含
する。次の地上天国においては天道がグローバルスタンダードとなる訳ですが、
正直言って中国の神様に世界が跪くとは到底思えない。
始皇帝の時ならいざ知らず、昨今の世界情勢を顧みると中国は未だポイントは
マイナスである。個々の天壇は別として、もし世界にアピールするとしたら、
三佛のイメージは変更する必要があるのではないでしょうか。
ふざけるな!と言われるかもしれませんが、世界を統括する理天神としての
絶対的イメージやネーミングがどうしても欲しい。
別派分派の垣根を越える程の魅力的な天道を構築する事が急務で、
天道と言う山なら山頂はひとつの筈。道外に共通の相手を想定する事で道内が
纏まる事も夢ではない筈。離れても何故か気になるお天道様.......
組織とし欧米流のトップダウン式と日本流ボトムアップ式の一長一短を再確認
して、意志の伝達をスムーズに図るべきでしょう。
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by gyou-syun-u | 2007-04-26 18:02 | 天道

ロスチャイルドに関する書物はあまり多く見かけない。あっても陰謀論を強調
するものが殆どで、なかなか全体像を表したものは少ない。外国の書物は
ディスインフォメーションが強く、翻訳されるとやはりニュアンスが違って来る。
それもそのはずでロックフェラーの名前はマスメディアに登場しても
ロスチャイルドの名前は聞かない。
1991年に集英社から刊行された広瀬隆氏の赤い楯は永久保存版ですが、
膨大な資料を元に暴かれたロスチャイルドの家系図。地球の支配者としての
物語りを描いたもので反米反イスラエルの広瀬さんですが、ロスチャイルドや
ユダヤを弾劾してるワケでもなく、冷静に読めます。

そんな中、元イギリス情報部MI6の将校ジョン・コールマン博士と陰謀論の
第一人者の太田龍氏の共著「ロスチャイルドの密謀」(成甲書房)を読んで
みました。以前は太田龍氏の本は、購入するまでもなく、立ち読みで十分だと
思ってましたが、コールマン氏(1935年生まれの72歳)がイギリス情報部から
今なお「裏切り者」として攻撃を受けてるというのも気になりました。
元KGB将校リトビネンコ氏の放射性ボロニウム摂取による死亡の件もありました
からね。第一部はコールマン氏のロスチャイルド家の歴史分析ですが、
ほぼ広瀬隆氏の赤い楯とだぶりますが、それでも彼しか収集できないであろう
エピソードは大変興味深い。
第二部は太田龍氏の担当で、イルミナティの中核としてのロスチャイルドの
立ち位置を説明している。初代マイヤー・アムシュル・ロスチャイルド26歳と
イルミナティの創設者とされるアダム・ヴァイスハウプト22歳の出会い.......
天道の御聖訓及び霊査文は有気気天(宇宙人)も逆らえないルシファーが地球に
送り込んだエージェントを使い反天命を画策しているとなってます。
ロスチャイルドは財神の〃奥の院〃と位置付けてますが、ルシファーとの関連性
は何ら示されていない。長年陰謀論を主張する太田龍氏はサタニズムを崇拝する
〃奥の院〃は悪魔の巣窟であると断言する。反イルミナティの権威スプリング
マイヤー氏の話によるとロスチャイルド家の奥の院を訪れた人の証言で、
ロスチャイルドの目の前で〃彼ら〃は悪魔や昆虫型宇宙人に変身したそうである。
ルシファーの直系がロスチャイルド奥の院深く鎮座していると言う話は
普通の人なら一笑に付しますが、この辺は天道の話とも合致しないワケではない。
つまり甚大なパワーを誇る有気気天側の地球乗っ取り計画がポールシフト
(ポールシフトは有気気天が仕掛ける)を絡めて現実味を帯び、有気を解放した
のは諸刃の剣であり、癒し系異星人の話とは正反対である。
ルシファー⇒イルミナティ⇒ロスチャイルドの計画は、人類を超人類とそれに
飼われる家畜人種に区分けしようとするらしい(笑)。人間牧場計画......
中東の対立を煽りながら、イスラエルも結局は潰されると言う。天道では
大昔から教会や寺院は既にデーモンの巣窟となってると述べられています。
最近の天道の言説は次の大元の話になってますが、白陽の地はこの星ではない
かも知れず、故に得道優先なのかも知れない。
霊界再編による霊団の大移動とそれに伴う昨今の異常気象も頷けます。
しかし天道道義では末劫後は全地域に無制限に普伝が行われるとなっており、
末劫は人類を全滅させるものではないと解釈できます。果たしてまだ望みは
あるのだろうか。末劫を強調するとオウムの二の舞になってしまうが
キーワードとしては非常に重要である。

魂を売ってこの世の栄華を甘受した人種はどれ程いる事だろう。
明治維新もイルミナティに利用されたとなると哀しい話である。
我が国の心の堕落の元凶はマスコミを操作する電通のせいでもあるが、
踊る阿呆に見る阿呆!誰も逆らえないのは電通もロスチャイルドも同じである。
それに真実を知ったからと言ってできる事は限られている。情報錯乱で毒される
より、知らぬが仏で良い場合だってある。庶民が全てを知る必要はないと
思います。不浄なモノを避ける意味での〃関知しない〃は得策でもある。
ルシファーやロスチャイルドに対抗出来るのは世界広しと謂えども
天道だけであります。理天神もルシファーに敵わないが、ルシファーも三宝を
破壊する事は至難の業であろう。陰謀マニアが涎を流して喜ぶ与太話を
まじめに昇華する時が来たのではないだろうか!
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by gyou-syun-u | 2007-03-20 20:39 | 天道

紗々さん、初めまして、堯舜禹(ハーロック)です。
コメントありがとうございます。
コメントを送信しようと思ったら字数が多くなっちゃって減らすのも
メンドイのでここに返信を載せます。

私は周前人と宮下周平天才の時代の化石です(笑)。
初めて御聖訓を目にした時の衝撃は今でも忘れません。心の奥深く
染み入りました。若い頃はどんな難解な御聖訓も一瞬で神意を
汲み取り、オレは救世主かもと自惚れた時もありました。そんな自惚れも
理天神に木っ端微塵に叩き潰されました。あれから数奇な人生が始まり.....
私も会社員で、土日祭も出勤する事が多く、護摩にも行けません。
今日も仕事でした。私は個人的に神様にお願いするとかそういう習慣が
無かった為、護摩木やその他の道具を使用しても全く効きません。
何故なんだろうと考えたのですが、自分の利益を望まないのと同じ位他人
の利益も顧みないという性格の為ではないかと思ったりもしました。
と言うワケで現在はエルサルバドルの子供の里親みたいな事をやってます。
天道のおかげで結婚できない精神構造になってしまいました(笑)。
私は一時期天道を離れていました。現在も弥勒寺とは距離を置いてます
(ネット配信は受けてますが)。
護摩に参加したり、道具使ったりするだけが天道ではないと思います。
例えば会社であれば人のイヤがる事を率先してやるとか(私は常に仕事上
ではそうしてます)謙虚な姿勢に徹するとか、そのような積み重ねが
後々効果を発揮するのではないでしょうか。
その人の環境に合った修練の方法がある筈です。
2年ほど前、村田さんの紹介でインドのサクセナさんに会って、
インドの支部の若者達と交流しましたが、あの目の輝きは忘れません。
弥勒寺で菜食できる人達は幸せですが、もし野菜がなくなったら他を
喰うしか無い。その様に感じます。ネット上に私のようなアウトロー的
隠れ天道人の居場所を作るのも面白いですね
私のブログも本来は伝道の一手段のつもりだったのですが、今の時代、
精神世界や宗教だけで世界を語ろうといっても無理があります。故に
ブログにカテゴリーを作りました。自分に合った天道との関わり合い、
例え弥勒寺とどんなに離れていようが想いが一つであればそれで
良いと思います。

「誰に何を言われようとも自分の信じる道を行けば良い」
......聖訓のお言葉です。天道を客観的に見る時間を作られては
如何でしょうか。3648は頭から外した方が良いでしょう。
迷った時は足を止めましょう。ウサギよりカメでっす1!
時運が迫り時間がない今だからこそ、逆に一瞬立ち止まる勇気も
必要かも。
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by gyou-syun-u | 2007-03-18 22:30 | 天道

天道を更新するのは久しぶりである。
せわしない世の中を、たかが人間様の智恵であれこれ検索した所で、宇宙のスパン
から見ると、混迷を深める下界も瞬きの一瞬であろう。
しかし天道イコール人道とはいえ、普通の庶民が対峙する〃雲の上の外〃である
天外天の理法ゆえ、人間界に普遍化する過程において紆余曲折があるのは当然である。
この世に完全無欠の人間など存在しないのだから尚更である。ゆえに個々の枝葉末節
を論じても意味は為さない。道から遠く離れるだけである。
天道にカリスマやスーパースターは必要ないのだ。徒手空拳、何の才覚無くとも、
魂のみで帰天した時のレベルが問題であり。この世においての事象や経歴や功労
などは前生の因縁が作用するので、必ずしも本人の努力の結果100パーセントと
言う訳ではない。神が涙するのは純粋無垢な心のみである。
3600人の聖人と48000人の賢人も、選ばれようとして頑張るモノではない。
三宝を得たと言っても、まず使わない。瞬間的な災害時などは印を組む暇も心経
を唱える暇もないだろう。使わなくても〃その時〃が来れば瞬時に虚空へ移動する
のだから関係ない。そうでなければ、末劫時で未得道者が呑み込まれる中、
三宝を使って自分だけ助かろうとする天道人はいないだろう。
基本的に最後迄見届ける、或は供に奈落の底に落ちて行く、それくらいの気位
を持つ必要があるのではないだろうか。
天道人に霊能は不要であるというのも、人はパンのみで生きるに非ずの例えの様
に、今の人間界の価値観の中では百害あって一利なしである。霊能のインフラが
未整備のこの星において超能力は単なる〃見せモノ〃である。
飛鸞宣化や聖訓は聖人ではない我々の為に降ろされた方便である事を強く認識する
必要がある。ともに感じるものである。
守玄を深めて超能力を得ようとしても無理な話である。玄関からガス抜きされるので、
邪念は一掃される。効能は聖邪の選別力が飛躍的に向上することである。
最も重要なのは来世を自己の中に築けるかどうかであろう。
つまりこの世を捨てる事ができるかどうかである。よってこの世を捨てる事ができない
火宅の人に天道を公開した時点から、様々な矛盾点や個々の内面において凄まじい葛藤
が生じる羽目になる。しかし公開は過去の宇宙に習った事であり特別な事ではない。

現在の世界情勢は天道の望む方向とは正反対に進んでいる。産みの苦しみとはいえ
あまりにもドロドロし過ぎています。それでも未来は明るいと心底思える人はある意味
幸せなのかもしれない。
中国共産党の独裁体制崩壊、北朝鮮の崩壊、アメリカのみならず日本解体.......
そこにある危機は社会の根底をも侵蝕しつつある。
地軸反転は既に始まっているワケで...........その後ろに座す存在を見極める事が急務で
あろう。人はそれぞれのアイデンティティーを持つ。
ラオウ曰く「わが生涯に一片の悔いなし!」と言える最期であれば、その魂の純粋さに
おいて天道人と宗教人の区別など何処にあろうか。己は一番最後でいいと言えるだけの
覚悟と捨て身、集中力とバランス感覚がこれからの天道人に求められる資質であろう。
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by gyou-syun-u | 2007-03-14 21:49 | 天道

先週からアメリカのTVシリーズ「4400」をレンタルで観てます。
過去数十年に遡って世界各地で謎の失跡をした4400人が突如、光体に包まれ
戻って来るところから物語は始まる。そして彼等には皆〃特殊な能力〃が備わっていた。
まだ物語は始まったばかりですが、どうも未来の人間が地球崩壊を阻止する為に、
特殊な能力を持たせ地球に再度送り込んだ.....という設定で、未来の地球は存亡の危機
にあるらしい。

当ブログのカテゴリにある<天道>によれば、近い将来〃見渡す限り人家が無くなる〃
可能性が指摘されていますが、何も危機を煽って金儲けするゴロツキ宗教の類いでは
ありません。逆に今現在の感じ取れる想念や波動で未来が明るいと判断できる輩は、
かなりの能天気と言わざるを得ません。
しかし世の中には当然ながら終末論やニセ科学の糾弾を生き甲斐にしている輩も沢山
いるようで、大阪大学の教授がゲーム脳やゲルマニウム、マイナスイオン効果、果ては
<水は答えを知っている>の内容をも批判しています。
勿論まがいものも多く存在する精神世界でありますが、科学の限界が見え隠れする時代に
科学のみに絶対的価値を置いた評価には人は癒されない。科学は癒しを求めるもので
はないかもしれませんが、今の時代は皆心の底では何かに癒されたいのだ。
先日起きた、妹をバラバラにした兄の心を科学的に分析しても意味は無いだろう。
科学に人文学的な視点を加味しないと人の心は反応しない。

ところで<見渡す限り人家が無くなる>とはどういう状況だろうか。
核戦争だけではそうはならないだろう。アメリカがイランや北朝鮮を空爆しても世界が
見渡す限り何もなくなるとは思えない。何となく津波などの自然災害と想定してしまい
ますが、昨今の突風や竜巻などは想定外が多いですね。
地球壊滅規模の災害の場合は逃げる場所は空中あるいは虚空しかない。終末の時、
一部のファンダメンタリストはラプチャー(空中携挙)があると説きます。天道の場合、
得道者は虚空に一時的に引き上げられると説きます。この現象を世界中の消失事件と
絡て、プラズマ・トンネル説で解こうとする人もいますが、勿論科学的な裏付けがある
わけではない(現代科学では無理ではないか)。いずれにしろ各宗教や古文書の唱える
最後の審判は、〃日々の備え〃で対処できる範疇ではありません。
恐らくX–MEN・ファイナル ディシジョンみたいな惨状になるでしょう。
クリントン政権時の副大統領ゴアが環境問題、特に地球温暖化に造詣が深いと言われ、
ドキュメンタリ−映画にも出演しているそうですが、先日TVでゴアさんの講演の様子
が紹介されてました(中々本気モードですね)。
アメリカは稼ぐ金の桁が違うから、清いものも濁ったものもどちらも果てしない可能性
を持ってる。だから大悪人や大善人も多いんでしょう。それに比べ我が国はニュースを
眺めるにつけ、小悪人や小善人の国だなあと思ってしまいます。
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by gyou-syun-u | 2007-01-13 13:17 | 天道

■新約聖書(新改訳) ヨハネの黙示録13章11~18
『また私は見た。もう一匹の獣が地から上って来た。それには子羊のような2本の
 角があり、竜のようにものを言った。この獣は、最初の獣が持っている全ての権威
 をその獣の前で働かせた。また地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を
 拝ませた。また人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行った。
 また、あの獣の前で行うことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、
 剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に
 命じた。それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がものを言うことさえ
 できるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。
 また小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、
 奴隷にも、全ての人々に、その右手かその額かに刻印を受けさせた。
 また、この刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、
 だれも、買う事も、売る事も出来ない様にした。ここに智恵がある。
 思慮ある者は、その獣の数を数えなさい。その数字は、人間を指しているからである。
 その数字は666である。』

666と言う数字は、日本人にとってはあまり馴染みの無い数である。
新約聖書のヨハネの黙示録に述べられる獣の数であっても、キリスト教徒や
精神世界に興味のある人を覗いて、普通の人は、13日の金曜日と同じで、昔の映画
オーメン(6月6日リメイク公開)で知ってるくらいである。
イスラム教徒や仏教徒に至っては、新約など関係ないから666の数字などどーでも
良いのだ。それこそ世紀末やノストラダムスブームの頃は、バーコードにある666や
ロックフェラーセンターの666など考え込んだものですが、あれから随分と時は流れ、
ゴールドマン・サックスのCEOがアメリカの財務長官とは....黄金の牛は死なずか!
ライブドアや村上ファンド問題で、両氏がスケープゴートにされたと言うよりも、
堀江・村上両氏の価値観が変わってくれる事の方が、日本にとっては大事であろうと
思います。金の亡者の天下は砂上の楼閣であると伝播される時代になっても、
「人の不幸は蜜の味」と大方の世の中は冷めきってますね。
認証システムなどのセキュリティの進化は、世の中がヤバ過ぎる所以であって、
仮に善人だらけなら、そんなモノは必然ではなかった筈である。拝金主義に邁進する
世の中は、悪魔がイエスに囁いた「貴方が私にひれ伏すなら、この世の栄華を全て上げ
ましょう」と言う言葉通りになっている訳ですが。
最近、ある聖書研究家が獣の数は666ではなくて616であったと立証したそうですが、
真偽の程は定かではない。我々にインプットされた獣の数のイメージは666である。
666は3つの6で弥勒(ミロクは369でもある)とも読め、666の反キリストは弥勒
と言う事になりますが、100歩譲っても弥勒が悪魔や反キリストである訳も無い。
額と手に押される刻印については、動物の管理などに現在使用されているマイクロ
チップや、実用が近い一括管理システムのICタグなど、果ては許認可制度、を表すとも
言われ、監視システムを受け入れる人間が獣になる訳です。
少し心霊的な部分を加えてみると、弥勒の世の到来を命題にし、天命を標榜する天道に
当てはめると、天道は弥勒を宇宙の総理と定め、得道の際、〃アジナチャクラ〃を
点破され〃三宝〃を与えられます。しかし、これは東方の御使いによる〃聖なる印〃
ですが、この部分が誤解される部分でもあり、天道が反キリストと誤解される一面で
あります。

★この点については昔、道親(得道者)が理天神に質問した事があります。
人「聖書の中の666の数字を、つい天道と誤解されやすい記述があります。
  これについてはどうでしょうか」
神「ヨハネの黙示録には、666の数字を額と手に記された者が獣に支配されたとある。
  然れどそれは天道の事では無く、その事については、もう一人の御使いが生ける
  印を持って東方から現れ、『天と地よ。吾下僕に全て額に印する迄は害なっては
  ならぬ』の言葉あり。後程、聖書を読みて捜すが良い。これ如何に」             
    ※同じく、これは壮大なトリックだと言う人がいます。
    気天神でもある陰陽師の〃安倍晴明〃その人であります。

☆霊界通信     安倍晴明      平成18年5月25日(木)   
聖妙善院・退魔山に弥勒大仏が御鎮座された事を機に、弥勒の世の大計は
発動しました。禄存宝珠護摩供挙行により、龍蛇系と不成仏霊の因縁渦巻く木曽三川
を解放し、念が作りし障壁を打ち破りました。次に八大明王護摩供にて徳川家が支配
する阿修羅霊、四生霊の巣窟である群馬を解放しました。
これらの挙行地は退魔山・弥勒大仏から北東へ一直線上へ繋がります。
北東の方角は鬼門であり、四生霊・最下層霊の通る巨大な道です。
護摩挙行地は、この鬼道の通る中でも、最も因縁が深い地であり、霊的な壁を解放した
事により弥勒大仏の光をめがけ、より多く霊団が退魔山、そして玉皇山に集結する事に
なります。また今年西暦2006年6月6日は、666(ミロク)が出現いたします。
西洋では黙示録の数字として恐れられていますが、それは弥勒の世到来に反対する
陰極霊団が仕組んだ、最終的な暗黒支配の大計。
しかし、東洋の暦では皇記2666年は丙戌歳、三碧木星が中宮に座する歳でございます。
そして鬼門に六白金星、裏鬼門に九紫火星が座しますので、鬼道線上に三六九(ミロク)
が完成します。三六九が霊団の通り道である鬼道を照らします。
太陽神の皆様の器次第で、よりこの光は強まり異次元封鎖の結界がより強大になる
でしょう。玉皇山弥勒大仏より鬼門にあたるは天通収円壇。そして裏鬼門に稲荷山、
弥勒宮。裏稲荷を表に転換させるべきは、玉皇山、最高の風水条件を活かした秘法の
護摩。そして皆の結集力が最大の要となります。

<注釈>
今年は西暦で2006年6月6日、東洋の暦でも皇記2666年と、西洋と東洋で666が揃い、
これは西洋と東洋の対立を意味するそうです。
方位盤で言うと、今年平成18年は中宮に三碧木星が座し(540年ぶりだそうです)、
鬼門(東北)に六白金星、裏鬼門(西南)に九紫火星が座す。
よって三と六と九(ミロク)の組み合わせが完成します。
その他の方位に座すのは、北が八白土星、南が七赤金星、東は一白水星、西は五黄土星
西北は四緑木星、南東は二黒土星となります。
天道の護摩供は、この四国(死国)にある退魔山→木曽三川(水害で多くの人が亡くなった)→群馬という東北西南ライン(鬼道線.....霊道)を狙って挙行しております。
この護摩供による〃弥勒の光〃が救いの光で鬼道を照らす役目を担うという訳です。

長年言われ続けてきた弥勒下生は何も人間に生まれ変わって来るという訳ではなく、
弥勒の光が地上を照らし始めるという事ですが、戦い今だ終わらずの様相です.......
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by gyou-syun-u | 2006-06-05 22:12 | 天道