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スカイ・ハイ

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一期一会

<   2005年 11月 ( 12 )   > この月の画像一覧


「日本が孤立するとか好かれていないとか、どうでもいい事は気にしなくていい」
26日、麻生外務大臣の金沢での発言は、そんなに噛み付く程のもんでもないと
思うのですが、私も以前、「あまり気にしなくても良い」と述べましたので、
改めて私のスタンスを述べておこうと思います。
私は個人的に中国韓国北朝鮮の人達に何ら恨みを持っている訳でもありません。

来たる弥勒の世においては、国籍人種思想はカヤの外に置かれます。
日本人が主導グループに違いはありませんが、誤解して欲しくないのは、
もはや〃その時の日本人〃は既存の日本人では無いと言う事です.....
日本神国論とも違う......

話が逸れましたが、意見が衝突する場合であっても、日本人とか外国人とかは関係
ありません。各国政府の外交政策に意見を述べる時に、個人的な感情は含めたくは
ありませんが、中国や韓国の自国における歴史教育のやり方や政府高官の過激な
発言は、普通に考えて首をかしげるものであり(日本の政府筋にもおかしなのが
居ますが)、要求オンリーでは埒があきません。
国家単位のその集合的無意識に、今の所、違和感を感じるからであります。
戦後60年しか経っていない(未だに戦中の国も)ワケですから、当然、日本を含めた
各国政府の外交政策は、未だ過去の亡霊達が仕切ってると言わざるを得ません!
文武両道は決して悪い事とは思えませんが、世界情勢の中では文のみに染まると
左寄りな国民に、武のみに染まると右寄りな国民になる様です。
「肉体的に弱いヤツで精神的に強いヤツにはお目にかかった事が無い!」とは
落合信彦氏の言葉でありますが、少なくとも精神的に強いヤツは肉体的にも土台と
しての強さがある(筋肉とかでは無く)のでしょう。
私は日本の政策が真の意味で文武両道に向かう事を期待してるのですが、これでも
諸外国からみれば右寄りと映るのでしょうね。実にくだらないと思いますが。
これだけグローバル化が加速しても、旧態然とした戦勝国リードの社会体制は
いかに世代交代が進んだとは言え、外交の根幹にあるのは〃融合よりサバイバル〃
でしかありません。故に友好コラボは民間に頑張って頂きたいと思います。

昨日のNHKスペシャルで、中国の金型技術の急速な進歩を取り上げていましたが、
中国は未だ〃これから物質主義に移行する〃レベルであります。
日本は物質主義の再考や価値観のシフト、そしてモノから心の時代へ移行する
段階を迎えています。
21世紀はモノの解明から心の解明を目指す時代であり、そういう意味で、
中国の目論む覇権は環境汚染とリンクして大いなる行き詰まりを見せるでしょう。
極端かも知れませんが、世界的に見て自然災害の多発は、互いに助け合う心を天が
教えようとしているとも受け取れます。いつ何が起きても不思議ではなくなる未来。
欠陥マンションの問題も、突然やって来た不運で、こちらは作為的な強度偽造であり
ますが、昨日迄の幸せが一時中断される事は誰でも遭遇することで、人ごとでは
ありません。これに関する武部幹事長の「悪者探しに邁進すると、果ては経済に影響
する....」といった発言は首をかしげたくなりますが、未来はこれから清算を繰り返す
様な気が致します。幸せの照準は心の最奥に合わせましょう。
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by gyou-syun-u | 2005-11-28 18:44 | 世界情勢 | Trackback(1) | Comments(0)

1978年アラン・パーカー監督のこの映画は実話を基に作られた。
ミッドナイト・エクスプレス(深夜特急)とは刑務所用語で〃脱獄〃を意味する。
1970年アメリカ人青年ウィリアム・ヘイズ青年はガールフレンドと一緒にトルコに
旅行に行き、帰り間際、イスタンブール空港でハシシを体に20キロ巻き付け
飛行機に乗ろうとしたが、空港でテロ警戒のあおりを受け、見つかってしまう。
当時アメリカとトルコの間には囚人引き渡し協定がなく、トルコもヘロイン密輸の
元凶として世界から非難されており、麻薬密輸に関しては厳しく対応していた。
主人公ビリーは取り調べの最中に逃亡したため、裁判にかけられれてしまう。
そして最初の裁判で4年2ヶ月(執行猶予は当然無い!)の実刑を喰らう。
金を積んで保釈を狙うがアメリカとトルコの関係が最悪の中でそれは叶わなかった。
途中、ムショ仲間のアメリカ人から脱獄を誘われるが、それを断って豚小屋のような
刑務所で刑期を無事済まそうと考えていた。
しかし刑期満了迄あと53日の日に悪い知らせが届いた。
麻薬密輸は罪が重いと言う前例を作る為、トルコの最高裁は裁判やり直しを決め、
終身刑を言い渡すだろうというものであった....
再審が始まり、ビリーは頭の中が真っ白になりながら心の雄叫びを放った!

「俺の喋る番だが何から話そう。判決は終わってから勝手に下せ.....
 先ず聞くが何の罪だ?罪とは何だ?変わるらしいな。時と場所によって。
 今日は合法でも明日は違法になる。特殊な社会だからだ。そして昨日の違法が
 突然合法になる。しかし、だからと言って、全員の投獄はできない。
 正しいか間違いかより。それがここの現実だ。俺の人生の内、3年半の年月を
 ここの刑務所で過ごした。犯した罪は償ったと思う。だが今日の判決で刑期が
 延長されても、俺の優秀な弁護士はこう言う。ビリー、腹を立てるな。冷静に
 なれ、と。素直にしてれば恩赦もあるし上告もできると。この3年半それを
 言い続けた。俺は彼の言う事を聞き、その通りにした。だがそれにも飽きた。
 今迄の判決通りなら残りの刑期は53日だ。53日を俺にちらつかせたのは
 あんたらだ......それを突然取り上げる奴がいる.......そこの男だ.......
 ここに立って今の俺の気持ちをたっぷり味わうがいい......今迄知らなかった事が
 色々分かるぜ検事さん。慈悲....分かるか。どんな社会にも必要なのは慈悲の心
 であり公平の精神と正義だ....あんたにはトイレで熊にクソをさせるのと同じだが
 豚ばかりいる国でなぜ豚を喰わん?キリストは悪人を許したが、俺は許せん。
 俺は憎む....あんたらを.....あんたらの国を....あんたらの国民を あんたらの息子も
 娘もみんな豚だ....豚だ.....お前ら全員.............           」
 
※上の文章だけ見ると、自分勝手な若造の自業自得の説得力無し!の言葉に
 聞こえますが、映画の中で俳優が渾身の演技で喋るとやはりトーンが違います。
 
しかし、判決は懲役30年という厳しいものであった。
もはや、ここから出るしかない!ミッドナイト・エキスプレスの決行である。
だが、通じてる筈の地下道は行き止まり。そして脱獄がバレ仲間は次々と密告され
連行されていった。怒り心頭に達したビリーは密告者の舌を噛み切り、精神病棟に
送られてしまう。もはや廃人で終わるのかと誰もが思ったが、そんな中、
ガールフレンドが最後の面会に来て金を渡し、ズタぼろのビリーに託した
「ビリー。人を当てにしないで...自分だけを信じるのよ...
 これ以上ここにいたら死ぬわ......ここから出るのよ........ 」
虚ろな目で何かを言おうとするビリーであった。
意外なドンデン返しは、映画をご覧になられた方はお解りだと思いますが、
1975年5月、ビリーは脱獄に成功!ギリシャ経由でアメリカに戻り、
ケネディ空港で家族と涙の再会を果たしたのであった。
最初にハシシを体に巻き付けイミグレーションを通過する時と、ラスト警官の服を
着て脱出する時に、心臓の鼓動が効果的に使われておりました。音楽も良かった。
1978年5月18日に、この映画がカンヌ映画祭で公開され、その43日後、
アメリカとトルコの間で囚人交換協定が結ばれたそうであります.....(テロップより)
映画が政治を動かした一例であります。

1970年はアメリカではドラッグブームでニクソン政権。
日本では1972年に田中角栄が首相就任。イギリスではビートルズ解散の年で、
ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンの時代。
映画でも取り上げられていましたがジャニス・ジョップリンの麻薬中毒による死亡。
(ジャニスの生涯を描いた映画ローズでベット・ミドラーが熱唱!)
何事にも最初に経験する者がいて、それが世界に飛び火する。
世界には法治国家とそうでない国家がある。法の下に全てが平等である筈だが、
法の網をすり抜けて、堂々と成立するビジネスが世界には存在する。
4年は我慢出来ても、所持だけでさすがに30年は辛いでしょう!
私は名画座で観たのですが、脱出に成功した時、自然と客席から拍手が起きました。
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by gyou-syun-u | 2005-11-25 22:08 | 映画 | Trackback(1) | Comments(0)

この映画は今一度スクリーンで観たい映画のひとつであります。
既に多くの方がレビューを書かれているので、今更と思いながらも、
私も一言書いておこうと思います。
小説を読んだのは最近の事で、映画でカットされた場面や描写できなかった
意味を読む事ができ、それなりの面白さはありましたが、小説と映画では受け取る
イメージが若干違います。映画はナレーションが無く、オリジナル音楽無し!
会話も色彩も最小限!スターウォーズとは正反対です。
文庫本の解説によれば、欧米では中年よりも若い世代に受けた様です。
ディスカバリー号は精子をイメージした様で、今風ではありませんが、
かえってそれがスゴク新鮮に映りました。
1968年の公開にしては、各々の模型が精巧に作られており、VFXとは違う
リアリズムを感じます。映画公開翌年の1969年のアポロ月面着陸は、実は巧妙に
作られたプロパガンダ映画であるというネタも、そうかしら!?と思える様な錯覚を
覚えます。エイリアンや奇抜な衣装を披露しなくても、漆黒の宇宙や静かなる
闘争を描ききれてる感じがして無音の響き、聞こえない声がこちらに聞こえる.....
そんな映画でした。
突如出現したモノリス(石柱)の波動を受けたヒトザルが骨を使う事を覚え、
やがて獲物を捕る道具に使われる。破壊という行為を覚えたヒトザルの振り下ろした
骨の欠片が空高く舞い上がった次の瞬間、欠片は宇宙船に変わる。
このシーンは印象的で、これだけでも十分に価値はあったと思いました。

アーサー・C・クラークはスタンリー・キューブリック監督と共に、
この先何十年経っても色褪せない、未来を先取りする映画を作ろうと企画した
そうで、脚本と小説は同時進行で書かれた様です。
地球、月、木星に設置された各辺が1:4:9の比率であるモノリスは異星人
(意識生命体)の装置で、人類の各時代のシフトを操作する役目を担っており、
3001年のモノリスは人類の滅亡に関わるとされます。
異星人が地球の種を蒔き、太古の昔から地球人を監視していたという設定ですが、
その存在が善であるか悪であるかは映画も小説も触れてはいませんが、異星人も
進化し続けた意識のみの生命体でありながら、自分たちの祖先に思いをはせる。
人口知能のHALはミッションの目的を知っていたが、ボウマン船長は知らされて
いなかった。HALは高度な人口知能と人間的な悩みの間で葛藤しミスを引き起こす。
それに気付いたボウマンがHALの接続を切り、ひとり木星(小説では土星)に向かい
最後はスターゲートのモノリスに突入し、光の廊下を突き抜け意識の変貌を遂げる。
スターチャイルドの仲間入りを果たし、地球を眺めるのだ......
精神世界に親しんでいる人ならば、一般の人達よりは映画のメッセージは何となく
分かるような気がします。私は輪廻をイメージしましたが、全ては受け手が感じ
取れば良い事でしょう。
意識エネルギーの生命体と言う捉え方は、物の理を解明し尽くした先の当然の
成り行きとして、万物は母なる無形の存在に帰結する。
物事を成し遂げるには道具が必要で、その使い方一つで方向性は変化する。
チップに刻み込まれたメモリはやがて空間を飛び超え、悠久の宇宙そのものと
同化し、2010年宇宙の旅では、ボウマンとHALの意識は融合してしまう。
科学の象徴であるHALと人間ボウマンの融合、どちらも不完全な要素を抱えながらも
融合の道を歩んでいく....循環と融合、その様にも受け取れる映画でした。
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by gyou-syun-u | 2005-11-21 21:03 | 映画 | Trackback | Comments(2)

創造と進化。この2つの言葉を分けて考える向きもありますが、進化は創造の過程
であり、創造は進化の始まりであると捉える事もできるのではないかと思います。
大自然の営みを科学的な理論だけで、完璧に説明出来るとは思えませんが、
創造と言う言葉は、どうしても〃創造神〃を連想させてしまいますが、
原始人の頃より効率性や利便性は進化しましたが、人間の神性は逆に退化した様に
思います。創造も進化も夢幻でありますが、それは大事なものを探し求める為に
周到に用意された夢幻であるように思えます。
創造や進化は創造・維持・破壊のパッケージの中に組み込まれたもので、
八卦で喩えると、無極から太極を生じ、それが陰と陽の二極を生じ、
二極は四象を生じますが、この分裂増殖が無限であっても、全ては陰陽二極、
更には太極である一に還元できます。一度生命として誕生すると、先天的な
この創造力の種と、後天的な環境適応能力が脳内のシナプスで結ばれ、千差万別の
模様を織りなすというワケで、後天的な人間の創造力が、先天的な創造力の原型に
嵌まった時、人は神的なイマジネーションやシンフォニーを奏でたりします。
脳内宇宙に星座を創る様なものかもしれません。

創造論者の言い分は、進化論の過程の単細胞生物→多細胞生物→植物→昆虫→
脊椎動物→魚類→両生類→爬虫類→鳥類→哺乳類→類人猿→人間.....と言う
夫々の段階の隔たりは突然変異を超えた飛躍的なものであり、特に類人猿から
人間に至る段階に於いては、特に脳において隔絶しており【前頭前野(理性を持ち
感情を抑える機能)の獲得】、進化と言う生易しいものではないと言うもので、
要は人間は猿から進化したのでは無く、しかも猿人の化石も見つかってないと。

これに対して、あくまで自然科学の立場から説明する進化論に、神など入り込む
余地はありません。つまり進化論は信じる信じないでは無く実証の結果であり、
進化論の主流であるダーウィニズムの自然淘汰説も、昨今の分子生物学などの研究
に伴い、修正や異論それぞれ湧いて宇宙論と同じく統一理論に至ってません。
サンスクリット語で科学と呪術は共にヴィディヤーと言うそうですが、
科学は物質を扱い、呪術は鬼神を扱い、共に効果を求める実証主義であります。
科学は「再現でき、繰り返し検証できない対象は扱わない」「なぜ?という事は
対象にしない!」という鉄則があるので、長い間、見えないもの、検証できない
ものを徹底的に無視してきました。逆に専門化した事で、様々な分野で飛躍的な
進歩を遂げ、近代社会に貢献した事も事実でありますが、お釈迦様の手のひらで
踊る孫悟空と同じで、とてつもなく掴み所の無い壁に当たっているのが現状では
ないでしょうか。物質の側面はかなり解明できた科学界が、もうひとつの側面を
解明しようとする動きが何時現れるか!非常に興味のあるところです。
〃神〃という言葉が嫌であれば〃エネルギーの母胎〃と捉えれば良いのではないか。
物質はエネルギーが閉じたものであり、エントロピーの増大を最小に抑えるために、
あらゆる生命体が形として顕現します。そして形あるものは必ず滅びる。
創造しっぱなし、維持しっぱなし、破壊しっぱなしは無いのであります.......
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by gyou-syun-u | 2005-11-16 22:07 | 科学 | Trackback | Comments(0)

15年前、ある小学校の先生が、命の大切さを子供達に考えてもらう為、
ひとクラス36人で子豚を一匹育て、最後に自分たちでそれを食べようという
1年間にわたる授業を行った。
しかし、卒業間近になって、さすがに、子供達にも情が芽生えたのであるが、
下級生に引継ぐか、それとも食肉センターに送るかの二者択一をを迫られた。
先生は子供達にその判断を任せたが、18対18で結論が出ず、最後は先生に
決断を任せるというものだった。
先生の当初の主旨は、スーパーでパック詰めになってる豚肉しか見た事無い
子供達に、それ迄の過程を学んで貰おうというものであった。
しかし、まるでペットのように世話を続ける内に、「こんなに一生懸命可愛がった
豚のピーちゃんを食べる事なんてできない!」とか、「そういう約束で始めたのだ
から最後迄責任を持つべきだ!」とか、子供ながらに自分の考えをぶつけた。
最後、ピーちゃんの豚小屋の前で子供達に向かって、先生が涙を浮かべて話した。
「先生は食肉センターに送ろうと思います......皆よく考えたな!もうこれ以上
考えなくてもええからな.....」子供の親や教師を巻き込んだ1年間の授業であった。

ここでの論点は、生命は尊く生き物はむやみやたらと殺してはいけない!と言う
倫理観と共に、私達は現実の社会生活を営む上で、色んな矛盾点が生じますが、
その時に、条件反射的な思考だけではなくて、正面からその矛盾を問うてみる、
考えてみる事の大切さを、教師と生徒が同じ目線で学び合う事の意義である。
アメリカでは牛や豚などの家畜は、人間に喰われる為に生まれるモノであり、
生命とはほど遠い捉え方である。この延長線上には、弱者は強者に飲み込まれる
為に生まれる存在であるという暗黙の了解が見え隠れします。
かく言う私達も、ペットとして扱う時には愛着があるが、牛豚鶏魚を喰う時に
慈悲は抱かない。コマ切れになった肉片に愛情を注げと言われても無理な話である。
喰わない事が一番であるが、ベジタリアンは別としても、どんなに優しい人も
食欲には敵わないのだ。

食物連鎖は大自然の創り出した生態系の相互補填システムであるが、そこには、
特定の生物を潤す為だけのシステムは存在せず、強者も弱者も横一線である。
しかし、人間が創り出した文明は、人間と言う特定の生物を潤す為、人為的に
作り上げたものであるから、本来の生態系とは趣を異にする。
いみじくも万物の霊長と言われる人間様であるならば、一切生物を殺さない
社会を構築すべきだろう。殺されたモノの念は殺すモノの念より遥かに強力で
供養が間に合わない程、地球上を覆い尽くしており、ツケはあらゆる場面において
払わされるでしょう。私は輪廻転生を固く信じる立場でありますが、自己責任は
当然の事として、地球市民の連帯責任である事を認識する必要があると思います。
命の授業をやるぞ!そんな先生が増える事を心から期待したいと思います。
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by gyou-syun-u | 2005-11-14 21:20 | 国内情勢・世相 | Trackback | Comments(0)
昨日、通りすがりのTVで.......
「フランス人の40パーセントはトイレで用を足した後、手を洗わない!!」
と言うのがあって、私としては6ヘェポイントを付けました。
そう言えばハイヒールの由来が、当時のパリは道端に人糞が多かったので、できるだけ
接地面積を少なくする為に、踵の高い靴が必要になったというのを思い出して、
成る程と思ったのですが、インタビューで、女性が「手は洗った事ないわ」と答えたり、
イギリス大衆紙の「フランス人はヨーロッパで一番不潔である!」の見出しを見ると、
各国の温度差が分かって面白いですね。
フランスは芸術の都パリや香水やワイン、有名ブランドのイメージがありますが、
その反面、ロシア、アメリカに次いで、世界第3位の武器輸出国であります。
人種から見るとフランスの人口の1/3は移民出身者であり、あのジダン選手も
両親はアルジェリア移民である。
フランス革命では、人権宣言が高らかに謳いあげられましたが、文化スポーツの分野は
別としても、移民出身者がフランスの中枢に入る事は難しい。
赤い楯の著者である広瀬隆氏は、家系図を詳細に分析し、フランスという国家は
富豪200家族により作られ、結局その政略図はロスチャイルド家に帰結し、
ロスチャイルド国家そのものであると述べ、政治経済軍事文化の全てが、
この200家族の間接的支配下にあると指摘しました。
日本でも旧財閥が今でも日本経済の土台を支えているので、特に驚くべき事では無い
と思いますが、あちらの場合は少しスケールが違う様で、陸続きの国と島国との
価値観の違いでもあるのでしょう。

フランスの公立学校は授業料が無料であるそうで、小中までが義務教育で、
高校からは選抜制らしいが、高校、大学も入学金や授業料は無い!
教育の機会均等の理念からであるが、フランスには選抜制の大学とは別に、
超エリートを養成する〃グラン・ゼコール〃と言う高卒者を対象にした選抜制の
名門高等教育機関の存在があり(超難関である)、並の大学卒業者とは完全に区別
され、将来のエリートを約束されるそうであります。優れた教育には投資が必要で
あると言うワケで、必然的に上流階級専用の学園と化すのである。
人権や平等をを謳いながらも、未だに階級社会であるフランスでありますが、
上流階級の子息に、この段階で徹底的に帝王学を教え、講師人は実業界の蒼々たる
メンバーが当たる。底にあるこういうシステムは、激烈なる競争原理を取り入れ
フランスを代表する優れた人材を輩出するという面とは別に、上流階級を継続して
行く為の手段であると指摘されております。
上流社会と言う響きは、私みたいな平民の目から見ると、時に憧れ、時に嫉妬が
渦巻く対象ではありますが、貴族華族の原点が、搾取略奪強者の論理で形成された
歴史を垣間みると、現在のボーダレス世界の中で、ひょっとして一番遅れているのは
彼等の方ではないか?という妄想を抱いたりします。
私達は、上流階級の〃残り香〃を有り難く頂戴しているだけなんだろう。
しかし、さすがにグラン・ゼコールの学生は手を洗うでしょう。
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by gyou-syun-u | 2005-11-12 21:41 | 世界情勢 | Trackback | Comments(0)
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4年程前、仕事中に滑って右肩を強打し、〃右肩腱板断裂〃と言う診断を
頂き、目でたく3週間の入院生活を送るハメになりました。
最初に私は接骨医に行って、「ちょっと肩が変なんですが見てもらえますか?」
くらいのノリだったのです。何故なら痛みが全く無かったからです!
肩を色々触られて「もしかして腱板を断裂してるかもしれないので専門の病院で
見てもらった方が良いかもしれませんね」という診断であった。
断裂=手術=入院と聞いて、目の前が真っ暗になりました。
当初医者の見解は、完全断裂ではないので、必ずしも手術する必要はないが、
手術した方が回復は早いという事でありました。勿論手術後も相当期間のリハビリが
必要であると言われ、ガーーン♪ 結局何だかんだで、事故から入院する日迄
3週間もかかっちゃったので、それ迄、ネットで右肩の回復率や運動選手の
靭帯損傷などの関連事項を検索する日々が続いたのでありました。

腱板というのは肩関節に4つ付いてる貝柱のようなもので、肩の回旋運動その他を
支える腱であります。筋肉なので何本もの繊維で出来ており、私の場合は、
4つの内の一つの腱板の筋肉繊維に穴が開いてる....つまり断裂しているという事で、
たったこれだけでも、右肩の上下左右と前方運動が不可能になったのです。
右肩をブランと下げて、後方には動かせるのですが、前方には1ミリも動きません。

手術当日の日が来ました。そんな大層な手術ではないと思いつつも、小学校の時の
盲腸の時以来で(あの時は、先生が、ハイこれが君の盲腸ですよ〜♪と純真無垢な
穢れを知らない私の鼻先に、肉片を突きつけたのです)、何か宇宙人に身体検査を
される様でイヤなんです。しかし私は自分の如意棒が勃起しない事のみを祈りつつ、
心を明鏡止水に持って逝き「好きにして!」と心の中で叫んだのであります。
浣腸を無事済まし、手術着を脱がされた私は全裸で股間にガーゼのT字帯姿でした。
何で肩の手術に全裸でTバックなんだ?とお嘆きの諸兄もおありだと思いますが、
全身麻酔をかけるので、手術後しばらくは点滴で体を動かせないからです。
「今から麻酔かけますからね」という声がしてから数秒後、私は深い眠りの中へ....
私の手術は背中の筋肉を引っ張って、右肩の腱板の残りと繋げるというものでした。

遠くから声がします。ペタペタとほっぺたを叩かれてるような気がしました。
どうやら眠り過ぎた様です。反省! 瞼が重い。さすが病院の麻酔は効きまっせ!
それにしても違和感があります。良く見ると尿道にカテーテルが差し込まれ溲瓶へ。
痛いんです。それほど違和感を感じないと言う人もいるかもしれませんが、
私は我慢できませんでした。3日の装着予定を目覚めたその日に外して頂きました。
しかし、本当に我慢しなければならないのは、麻酔が切れた後の肩の痛みでした。
痛み止めが効かないんです。意味も無く何度もナースコールをしてしまいました。
「君の笑顔を見ると痛さなんでへっちゃらさ」という思いの下には下心が。
しかし、右肩の痛みは下半身の疼きをも凌駕するものでした。激痛の間に鈍痛が
絶え間なく訪れて眠れないんです。この痛みは3日3晩続きました。
腰から下は動きますが、右上半身はコルセットで固定され動かせません。
カテーテルを外してもらった代わりに、自分で用を足しました。
3日間は点滴だったので、オシッコだけですが、上半身を時間をかけて傾け、
左手でイチモツを掴み、溲瓶の中へ人生の無常を注ぎ込みました。
たまたま、その光景を看護師さんに目撃されてから、カーテンを予告無しに
開けやがる看護師が多くなりました。
それはさておき、1週間でコルセットが外されてからは、リハビリが始まりました。
筋肉は使わないと縮むと言うか固くなるので、痛いけど早めに筋肉を伸ばしたり
ほぐしたりする必要があると言う事でした。相変わらず三角巾で吊ってましたが、
リハビリの時だけ外すという感じです。

色んなストレッチをして、徐々に筋肉を伸ばしていくのですが、
当然最初は500グラムのアレイも持ち上がりません。おまけに激痛が走り油汗が.....
いよいよ3週間の入院生活も終わり、アルカリ性の食事を3食完食したおかげで、
肥大した体とパンパンな顔で退院致しました。
三角巾で吊りながら、通院でリハビリ生活の始まりです。
そこで何とか早期回復をと願い、通院と併用して、2ヶ月後からスポーツクラブに
入会し水泳を始めたのです。最初はプールの中をゆっくり歩くだけですが、
全身運動で局所的な圧力がかからないので、リハビリには本当に役に立ちました。
大体1年はかかります!と言われたのを8ヶ月で完治致しました。
あの時の執刀医の先生や看護師の皆様、再度有り難うございました。
失って初めて知るモノがこの世には沢山あるんだと確信します。
キーボードを打てる有り難さ、ディスプレイを見れる有り難さ。
世の流れに逆行する〃足るを知る〃をもっと見つめてみよう。
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by gyou-syun-u | 2005-11-10 22:54 | 国内情勢・世相 | Trackback | Comments(0)
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石原慎太郎公式ウェブサイト

歯に着せぬモノ言いで物議をかもす石原慎太郎東京都知事であるが、
訪米中、ワシントン戦略国際問題研究所で講演......

「今、アメリカが中国と戦争すれば絶対勝てない!人命尊重のアメリカの
 やり方では、人命など屁とも思わない中国とまともに戦えば必ず負ける!
 今の中国は戦前の日本の陸軍と似ている.....今の内に経済封鎖を考えるべきだ」

小泉改造内閣の布陣も手伝って、強気になったのかもしれませんが、
中国首脳もあちこちで日本を名指しで非難しているので、それに対する
パフォーマンスであるが、もっと洗練された発言はできなかったのだろうか?
国家統制の危うさが見え隠れして来た中国に、追い打ちかける発言である。
この発言に対して友好都市である北京市長の反応は意外に大人しかった。
「東京と北京は友好都市なのに、ボクを招待してもくれない!ど〜なってるの?」
と言うニュアンスで、北京政府の反応とは少し違うものであった。
戦前戦中用語である「シナ」「北鮮(ほくせん)」そして、三国人発言など、
ストレートに感情を噴出させる傾向がある石原氏であるが、朝鮮人コンプレックスが
あるようで、故石原裕次郎氏の妻である北原三枝さんが在日だそうである。
芸能界に限らず多くの在日の人達が頑張っているわけですが、それに対して
どーのこーのではなく、その確執が政治活動のベースになっているとしたら
問題があるのではないかと思う次第です。
只、中国の大中華思想と日本のODAに対してお礼の言葉を示さない中国に
ODAなど出す必要はない!と憤慨する石原氏と、日本の25大都市に核ミサイルの
照準を当ててんだぞ!と言った中国軍部と、どっちがアフォ?と天秤にかけてみる
ものの、やはり大東亜戦争の終結1945年(昭和20年)から、もう60年というよりも、
〃まだ60年〃しか経っていないのだ!という事に尽きるのではないだろうか。
100年の恨みは何をもってあがなう事にしようか。
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by gyou-syun-u | 2005-11-08 23:20 | 世界情勢 | Trackback | Comments(0)

先日の16歳の女子高生による母親毒殺疑惑は、子殺し親殺しがそれほどの
トピックでは無くなりつつある昨今の風潮なんでしょうが、殺意が芽生える瞬間と
言うのは、相手が誰であれ、皆1回ぐらいは経験あるのではないだろうか。
かく言う私もその一人です。勿論心の葛藤の過程に於いてですが、
怒りは必ずしも殺意とは連動するものでは無いと思います。
怒りは直線的ですが、憎しみは螺旋を描く様に殺意を増幅させるような気がします。
彼女の場合、リアルタイムで中継してたそうですが、普通であれば、ネット上に
心の内を公開する事で、かろうじてバランスを取るわけですが、そうでは無かった。
大人の場合はあらゆる事象に対して、経験値を元に脳内でシュミレーションを重ねるが、
思春期はいろんな事に興味を持つ代わりに、色んな声とキャッチボールをしないと、
心が成熟されて行かない。

彼女は聞く耳を持たなかったのか、それとも拒んだのか、諌めてくれる人が
いなかったのか......「植物になりたい」と言う書き込みは、感情を持ちたく無いと
言う彼女の本音でしょう。感情がなければ殺すと言う行為も、それこそ単なる肉体の
力学的運動に過ぎないし、当然罪悪感も無い。こう言う感覚の持ち主は今の世の中
意外と多いのかもしれませんが、植物も意識の様なものを持っている筈で............
人間に限らず生命体は、メッセージを放ち自分の居場所を認識する。
私達もネット上の膨大なメッセージの情報処理を通して、電脳空間に自分の住処を
構えるのである。実際の家よりネットの家の方が落ち着く場合もありますね。
ネットは弱者が一転して強者もどきになれるという特質があり、一般的な社会通念上
の肉体的精神的強弱は、ネットではあまり意味を持たない。
しかし、ネット上でも性格は漏れて来ますね........
やっぱりコミュニケーションとしては、リアルもネットも根本は同じなんでしょう!
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     infection     by鬼束ちひろ

   「何とか上手く答えなくちゃ」
   そしてこの舌に雑草が増えて行く

   鼓動を横切る影が
   また誰かの仮面を剥ぎ取ってしまう
   In the night I sit down as if I'm dead 
   (夜になれば 私は死んだように座り込んで)

   爆破して飛び散った 
   心の破片が 
   そこら中できらきら光っているけど
   いつの間に私は
   こんなに弱くなったのだろう

   足が竦んでしまう事も
   気にならない振りをして居るの

   私の愚かな病は
   だんだんひどくなっていくばかり
   In the night I realize this infection 
   (夜になれば 私はこの感染に気付いて)

   爆破して飛び散った 
   心の破片が 
   そこら中できらきら光っているけど
   いつの間に私は
   こんなに弱くなったのだろう

   あらゆる小さな熱に
   怯え始めている私に
   勝ち目など無いのに
   目を覚まさなくちゃ

   爆破して飛び散った 
   心の破片が 
   そこら中できらきら光っているけど
   いつの間に私は
   こんなに弱くなったの

   爆破して飛び散った心の破片が
   破片が 破片が そこら中で
   
   いつの間に私は
   こんなに弱くなったのだろう
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by gyou-syun-u | 2005-11-07 20:48 | 国内情勢・世相 | Trackback | Comments(0)
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ウーム。今更ながら皇居はデカい......
東京の交通渋滞は皇居のせいだと言われるのもうなずける話である。
こんなに緑と水が溢れる空間は、都会の喧噪からは隔絶されており、
皇族の思念の源泉であるのだろうと、しばしタイムスリップしてみましたが、
散歩するだけで、心が癒されます。
ずっとこの場所に心を留めて置きたいのですが、そうも行かず.....
風水を駆使して構築されたこの江戸城は、未来永劫機械的な建造物を排除する
力が備わっているようですね。


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江戸の国学者平田篤胤は、イザナギとイザナミが創った日本こそ世界の中心であり、
神が直接生んだ国で、全ての大本は日本にある。その他の国々は枝葉に過ぎないと
唱えましたが、それはさておき、陰陽論の側から神道を捉えてみると、
伊邪那岐神(イザナギ)と伊邪那美神(イザナミ)は陰陽の神であり、
この二柱の循環交合で万物は生じます。イザナギは黄泉の国(地獄)から帰って
筑紫(尽至)の日向(陽向)の橘(立ち鼻)の小門(小戸)の阿波岐原に至って
禊を祓って諸神を生み出したことは、原子降生の始まりを意味します。
天孫降臨とは遥か昔、我々の魂の第一陣が地上に降ろされたという意味です。

天道用語を使って説明すると、高天の原(たかまのはら)は理天の事で、
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は萬霊真宰無生ラウムの事であります。
高御産巣日神(たかみむすびのかみ)はラウムが〃天地万物〃を創造する姿であり、
神産巣日神(かみむすびのかみ)は〃萬霊〃を創り出す姿であるとされます。
七代の神々は無極から太極を生じ、太極から陰陽両儀に至る迄の姿であります。
そして極に至る時、純陽の世界つまり〃理天〃から橘の小戸である人間の玄関の
一点である阿波岐原(あはぎはら)から霊が入って、左の目を洗って
天照大御神(あまてらすおおみかみ)、右の目を洗って月讀命(つくよみのみこと)、
鼻を洗って建速須佐之男命(たけはやすさのうのみこと)が生まれたと言うのは、
眼横鼻直...即ち正法眼蔵を示しているわけです。

〃神〃という字は、申を示すと書きますが、この申という形は眼横鼻直のラインを
表し、頭部の目と鼻を避けて貫くと言う意味合いがあります。
気が巡る時は、目の穴と鼻の穴を避けて、天矯に至るからです。
この三柱が〃最も貴い子〃であるのは、三玄(精・気・神)一気を周回する玄関
即ち玄牝の門であるアジナチャクラに最も近いからです.......
天照大御神は先天の本性、我々の魂の一番輝いている部分で、仏教では如来性とか
菩薩性と言われ、キリスト教では聖霊、イスラム教では聖光と言われます。
そこで、欲に執らわれてしまえば本性は暗くなり、霊光は輝きを失ってしまい、
天の石屋戸(岩戸)に入ってしまいます。岩に入ってしまうと心眼が閉ざされ、
天下は闇に閉ざされてしまいます。そんな中、天命を受け重要な役目を担うのが、
闇の中、天の岩戸を押し開ける天手力男神(あまのたじからおのかみ)と言われる
アジナを開けてくれる〃明師〃であります。
三種の神器の鏡は自分の心、勾玉は自分の魂、草薙の太刀は智慧を表します。
神道に限らず、相のみに囚われず、相を借りて理を悟るべきであろうと思います。
将来この場所に鎮座する皇極的存在は果たして........
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by gyou-syun-u | 2005-11-05 21:12 | 天道 | Trackback | Comments(0)